壁にあたったセラピスト: セラピーに対する長期抵抗

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この女性(S.E.)は結婚問題のことで、相談にやって来た。結婚して14年になるが、過去数年全く性交渉がないという。夫の方は、仕事は安定していて、時間にも金銭的にも余裕はあるのだが、彼女と時を一緒にすることはないという。過去には浮気らしき時期はあったが、彼はそれを認めなかったし、彼女も過去のこととして忘れようとし、今となっては取り上げて問題と考えていない。でも、彼女は不幸せである。このまま独りぼっちで暮らしていくのは、耐えられない。二人には子供がいないから、離婚の考えもたまには起こるが、もう40歳にもなるし、今さら再婚にも希望がないと感じている。

彼女は落ち込んでいた。日常何かに興味がわくことはないと言う。家に閉じこもりがちで、友達は2、3人いるが、付き合いは限られている。痩せてはいないが、食べ物は美味しくないし、食欲は余りない。最低限の家事をこなしているだけである。最初のセションの結果、彼女の状態を中度のうつ病と診断し、一週間に一度のセラピーをすすめた。彼女はそれに簡単に合意した。

S.E.のセラピーが始まって、最初の3セション位までは、今までの結婚に対する不満をぶちまけた。一通り彼女の考えられる不満を言い終わると、S.E.は急に静かになってしまった。「もう、言えることはなくなった。」と言いだした。彼女の抵抗(resistance)が始まったのである。そこで何度か抵抗の話しをして、それを取り除こうとした。抵抗をしていることを指摘されると、S.E.は夫に対する不満を言い始めるのである。自分のことは余り話したがらない。又そのことを指摘して、彼女自身のことに焦点を当てようとしても、話しは途切れてしまうのである。このような状態で、セションからセションへと余り彼女自身変化なく過ぎ去っていった。たまに彼女もセラピーに対して弱気を吐いたことはあった。ただセラピーが途絶えなかった理由は、彼女の夫に対する不満に対して、私が実用的なアドバイスをしていた事くらいであろう。それが少しは効果があり、二人の結婚関係に多少よい影響があった。たまに二人で話したり、食事に出かけることが出始めたのである。でも、根本的に彼女は変わらなかった。抵抗も解けなかった。そして20セションが過ぎてしまったのである。

この20セション目は私にとっても辛かった。彼女に、自分自身変わらなければ、根本的なところから結婚の向上は見られないことを、私は説明した。それに対して、彼女は、彼女がどう変わっても、何をしても、夫は頑固で何の動きも見られないと主張した。私は彼女との間に大きなギャップを見、セラピーが上手く進んでいないことを感じた。フラストと怒りと失望を感じたのである。多分彼女も同じ様な気持ちをしていただろう。このセションが終わってからも、数日忘れることが出来なかった。いったいどうしたらよいのかと考えたり、投げやりの気持ちが起こったりして、悩んでいたのである。

もう一度根本的なところから、セラピーとは何かを考え直してみた。セラピーは先ず患者のためにあって、セラピストのたまたま起こる何らかの欲求を満たすためにあるものではない。確かに私の観察する彼女の抵抗を解くことが出来たら、自分の技術の効果を見て、面白く満足もできるであろう。でも、それは私の満足であって、必ずしも彼女が喜び招くものではないかもしれない。彼女にとっては、何かを無理にされたように気がして、かえって警戒心や不信感が増えてしまうかもしれないのだ。逆に彼女の抵抗に対して何もせずにいるのは、彼女にとって楽かもしれないが、セラピーにはならない。セラピストの介入に抵抗し、自分を守るために必死になっている患者でも、あるところで自分が向上し、自分の負担となる問題の解決を願っているはずである。その問題解決が起こらない限り、最終的に患者もセラピストも、セラピーをしている意味がないのである。

S.E.の抵抗とはいったい何の意味があるのだろうか。抵抗とは、患者が無意識にでも、自分のためによくなくとも、今の状態を保つという、一連の動作である。いわば、自分が変わるという事に対しての恐怖のようなものだ。では、いったいどうしてその様な恐怖が起きるのだろか。患者の立場になって考えてみよう。患者は問題解決を願ってセラピーに来るわけだが、セションでは何が起こるかは未知で、セラピストに頼るざるを得ない。でも肝心なセラピストは、初めは赤の他人である。信頼も何もない。少しずつ信頼は出来てくるものの、完全に信頼は出来ず、セラピストに頼りながらも自分を未知の危険から守らなければならないのである。その危険とはいったい何なのであろう。それは最終的には自己破壊であろう。人間として、生物として、破壊されることは最終的な恐怖であると思われる。その破壊から、そしてそれが精神的な、心理的な、破壊であっても、誰もがそれを恐れ、自分をそれから守っていこうとするのであろう。セラピストの未知の介入に対して、自分を一生懸命守ろうとしている、その姿が、抵抗となって現れているのである。考えて見れば、患者を守るのもセラピストの仕事である。いかに患者のためだと言っても、介入の結果、患者が傷つき、自己破壊に至ってはセラピーの意味がない。セラピストは患者を十分守り、患者と同じ立場に立って感じ、考え、患者が受け入れる用意が出来ただけの介入をするべきである。

一週間がたち、S.E.の予約の入っている日が来た。何となく気分がすっきりせず、心が落ち着かない状態である。彼女に対して怒ってしまう恐怖がわずかにあり、それに対してセラピストとして適当に処置をし、セラピーに悪影響を与えないことを自分に言い聞かせる。

私:「どうしてますか。」

S.E.「別に何も起こってないですよ。」

私:「旦那さんと何かあったかな。」

S.E.「同じですね。当たりさわりのない生活をしていますよ。」

私:「そう。じゃあ、自分にフォーカスをしてちょっと考えてみたら。」

(相変わらず抵抗があるなぁ。)

S.E.「、、、、、、ちょっと聞いていいですか。」

私:「いいですよ。」

S.E.「私の友達で、もう10年も結婚している人がいるんです。でも彼女はご主人とあまり幸せではないんですね。彼女はいろいろと彼に話を聞いてもらいたいんですけれど、彼の方はそれにあまり興味がないんです。彼女は彼と一緒にいろいろしたいらしいですけれど、何もしてくれないそうです。彼女は不満ですけれど、彼はもうやるべきことはみなしてあげた、と言うんですって。こう言うときに先生だったらどうしますか。離婚をすべきだと思います? 私は彼女にどう言ったらよいと思いますか。」

私:(自分の話をしているみたいだ。)「まあ、今までのあなたを見てみると、保守的だから離婚しないでそのままいるほうがいい、と言うんじゃないかな。」

S.E.「でも、再婚したからって、必ずしも幸せになるとは限らないでしょう。」

私:「まあね。」彼女のチャレンジするような言い方に、ちょっといらだちを感じた。(私は彼女の立場に立って考えなければならない。)「もちろん、少しくらい悪い結婚でも、離婚してからの未知の状態と比べてみると、もう解かっている部分が多いからリスクが少なく、安全ではある。でも、最近のリサーチによると、2回目の結婚で結構幸せな人がいると言うことだ。2回目で、人も成長しているようだし、経験もあるので、うまくやる人もいるんじゃないの。」

S.E.「そうですか。私の友達は、一回不倫をしたことがあるんです。その時も今の旦那さんから去りませんでした。不倫の相手から、一緒に来てくれと頼まれたんです。でも、いざとなったら行けませんでした。私のような結婚をしていて、我慢をしている人はざらにいると思います。結婚ってそんなもんでしょう。」

私:(結婚について決めつけられたような気がする。言い合いをしたくなる気が起こる。でもこれはいったいどう言うことだ。彼女と私の関係は、彼女と夫との関係に似ているのだろうか。彼女の私に対する態度を、転移としてとらえてよいのだろうか。それを確かめてみよう。でも、彼女の立場に立って、どのような言い方をしたら、聞きやすいだろうか。とりあえず、彼女が私に対して転移をしていることを訳したら、強すぎて防御的になると思う。この際は、少し距離を置いて、彼女と夫とのこととして、言ってみた方が聞き易いであろう。)

「今ちょっと頭に浮かんだのだけれど、間違っていれば訂正してください。あなたと旦那さんが話しているとき、あなたが自分の意見を言い切っちゃたりして、彼が黙ったりしたことはないかな。例えば、彼の意見を採り入れて、それについてコメントせずに、ただ自分の意見を言いきったりすること。」

S.E.「そうですね。そう言うことありますよ。」

私:(おお、これは以外だ。まさか彼女がそう言い返すとは思わなかった。)「ひょっとしたら、そう言う風にあなたがしたとき、旦那さんは拒絶されたような気持ちがしたかもしれない。何か自分の言い分を閉ざされたかのように。」

S.E.「ああ、それはあるかもしれないですね。、、、んー、あります、あります。私は自分の意見を強く言ってしまうことがある。」

私:「そうだとしたら、そのパターンが長い間繰り返されたら、彼がだんだんと、あなたと話すのを諦めてしまうのでは。」

S.E.「正にそのとおりですね。どうしてそれがお解りですか。」

私:「あなたと話していると、あなたがあるところで意見を言って、事を決めつけてしまうような気がしたから。そして、多分その様なことが、旦那さんとも起こっているのではないかと思ったから。もし、そうであれば、それが旦那さんとのコミューニケーションをさえぎって、次第に、結婚関係が悪くなってしまう可能性がある。それが正しければ、あなたは、その部分は自分がもたらしたこととして、変えていかなければならないかもしれない。」

S.E.「主人がよく言ってましたねぇ。彼のサポートをしてくれないって。いつか彼が、サイドビジネスをしたいって、言っていたことがあるんです。自分の今している仕事以外に、あいている時間を使って何か始めたいって言っていました。勿論週末や夜の時間を使って、出来ないことはないんですよ。何か日本に物を送って売りたいって言うんです。その時も、私は最初っから、頭ごなしにそんなこと出来るわけがない、って言ってしまいました。仕事で疲れて帰ってきて、私とろくに話しもできないのに、もう一つ仕事だなんてとんでもない。私は多分彼が全部時間を使ってしまうのを、恐れていたんでしょうね。彼が仕事にもっと夢中になって、私が寂しくなるのを恐れていたんでしょう。彼を馬鹿にしたかのように、戒めました。それ以来そのことについては彼から一度も聞いたことがありません。」

私:「まあ、そう言うことだね。あなたの寂しい気持ちは解るけれど、彼を否定するような言い方をしては、その時自分の言うなりになっても、結果として、彼を遠ざけてしまう。そしてますますコミューニケーションが減り、自分も寂しくなる。」

このようにして彼女の抵抗は解け始めた。振り返ってみると、夫との関係において、自分がどのように問題の原因を作ってしまっているかを見つめ、考えるのを避けていたようだ。そのために起こった転移、すなわち自分を主張し、相手をコントロールしようとする欲求を訳すことによって、抵抗が消え始めた。ここで肝心なことは、訳がどうであったと言うより、私が、彼女の抵抗する立場を考慮に入れた、と言うことだろう。私が彼女の抵抗を理解しようとしたために、彼女も私の訳に耳を傾けることが出来たのだろうと思えるのだ。

S.E.「今考えてみると、よく解ります。他にもありましたね。彼が何かを言おうとすると、でもあなたはこうでしょう、と言い付けてしまう。自分としては、それなりにアドバイスをして、彼を良い方に導いていこうとしているんですよ。彼の自信をなくなそうとして、言っているんではないんです。」

私:(どうやら彼女は、私に話していると同時に、自分に言い聞かせているかのようだ。)転移を訳して、それが上手く受け入れられたとき、来談者が自由連想を始めることがよくある。そしてその内容は、来談者がどの程度セラピストの訳を理解したか示すものでもある。 (彼女をこのまま連想させておこう。)

S.E.「私が友達にしていることは、無責任かもしれないですね。うちの人にどうこう言っていることが、彼の言いたいことをさえぎっているように、親切と思って友達にアドバイスをあげても、実は、余計なお世話になっているかもしれないですね。」

私:「うん、うん。」

S.E.:「それに先生の場合は、私の話を何時間も聞いて、私のことや結婚生活のことをよく解っているでしょう。私の主人のことも、私が言ったことに基づいて、推理し、ある程度解った上でアドバイスをしてくれるでしょう。私の場合は、友達からちょっと話を聞いただけで、自分の思ったことを言ってしまう。それも、先生が指摘なすったように、随分確信を持っていってしまうんですよね。でも、実際、彼女の旦那さんを知っているわけでもないし、結婚の様子も、私の想像だけでしかない。やっぱりちょっと無責任ですよね。先生にこうして話を聞いてもらって、私のことをよく理解してくれて、ありがたいと思いますよ。それを私が、自分の主人や、友達にしてあげられればいいですけれどね。逆に悪いことをしてしまったかもしれないですね。」

私:(彼女はよく解ったようだ。よく考えをそこまで進ませた。)

ここで注目することは、S.E.が私の訳を理解しただけではなく、それが、彼女と友達との関係にも当てはまることを、理解したことである。つまり、自分が友達にしていることに対して罪を感じ、その対策としてどのような可能性があるかを考えたことである。そして、私とS.E.とのセラピーの関係を例に使って、それが彼女と友達との関係に当てはまるか、と考えた。確かに状況はよく似ている。私はS.E.を通して彼女の結婚問題を夫を考慮に入れながら解決しようとしていた。そしてS.E.は、友達の結婚問題を友達の夫を含めて、アドバイスをしようとしていたのである。彼女はそこまで考えた上で、自分の強い口調に気付き、私が彼女に接する仕方との差に、気がついたのである。

S.E.「どうしたらいいんでしょうね。どうしたら自分の考えだけを押し通さないで、相手のことをよく聞けるようになるんでしょうね。」

私:「やぁー、今日、あたなはよく色々なことを理解したと思うな。非常によいと思った。自分が成長するって言うことは、先ず、自己理解から始まるんだ。自分を色々な面からよく理解することが、自分を変えていくことにつながる。自分の理解が十分なときには、自分からこれって特別な努力をしなくても、無意識のうちに自然に変わっていく。今日あなたが自分についてある理解ができたこと事態、ある変化であると思うし、それよりもっと大切なことは、私達の関係も変わったという事だ。今までどちらかというと、あなたは自己防御的で、私に自分のことを打ち明けなかった。でも、今日、あなたは初めて自分のドアーを開けて、私に内面を見せてくれた。勿論あなたはもっと深い部分があると思うから、今日はほんの少し教えてくれただけだと思うけれど、今までの経過を見ると大きな一歩を歩んだと思うよ。」

S.E.「そう思いますか。私って、自分のことを言うのが苦手なんですよね。」

私:「でも、今日の調子で頑張れば、問題ないと思うよ。」

セションを終わりながら、私は気分が良好であるのに気がついた。セションを始める前とは比べものにならないほど気分が変わっていた。彼女を見送りながら、ほほえみが自然に出た。彼女も元気で嬉しそうであった。

このようにして、第21セションが終わった。このセションを転機にS.E.は自由に話すようになった。そして、夫のことや友達のことには触れはしたが、自分のことをよく話すようになった。後に彼女がよく繰り返して言う口調は、「私のことですよね。自分がどうするかを考えなければならないんですよね。」であった。私としても、その後のセションは楽しいと感じられた。「Working Phase」と言って、セラピストと患者の間に信頼が出来、お互いの性格の問題を乗り越えて、患者の問題に取り組む時期が始まったのである。S.E.の防御的な面が減り、理性が彼女の行動を支配しだした。次々のセションで、彼女は自分の問題を、テーブルの上に置くかのように出し、それを二人の理性で見つめ、考えて解決をしていった。

彼女は最初、夫の頑固さを、どうにか変えようと思いながらも、その可能性がないことに失望していた。たが、セラピーが続くにつれて、彼をそのまま受け入れるようになった。その代わり、彼に対する依存が減り、自分の生活を作り上げていった。趣味が見つかった。友達と過ごす時間が増えた。たまに私が聞くと、かなり忙しい毎日を送っているという。私が信じられないと言うと、毎日が結構楽しくて、いろいろとやることがあるのだそうだ。

このセラピーは数ヶ月後終わったが、その時点で、S.E.は結婚問題や離婚の可能性を、気にしていなかった。考えれば勿論問題はあった。でも、彼女にとって、それより自分の生活を充実にしていくことがもっと大切になった。与えられた環境を、良かれ悪かれそのまま受け取り、その中で有意義に楽しくしていくことが彼女の結論となったのである。

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