昔から決まってよく聞くことですが、「フランス人は、フランス語以外話したがらない」と言います。まあ、フランス人の誇りの現われだと思いますが。そういえば最近では、英国の前首相トニー・ブレアーTony Blairがパリでの国会で演説したとき、フランス語を話していました。その逆にフランスの大統領ニコラス・サーコーズィーNicolas Sarkozyがイギリスを訪問した際、彼の演説はフランス語でした。なるほどですね。
そのようなわけで、私のパリへの旅行は、何十年も前に少し習ったフランス語の復習から始まりました。その昔と比べると、現代の語学勉強は便利になりました。インターネットを使って、現地の画像や人々の音声を簡単に手に入れることができます。地理もある程度習ったところで、パリに向かったのでした。
パリの駅の一つ、Gare du Nord に到着し、最初にしたかったことは、トイレ。ところが入ったとたんコインを入れないと使えないようになっていました。幸い両替機が備わっていました。コインを得た直後、細かいのを少しくださいとよってきたフランス人はなんと英語で話してきました。英語で通じているとほっとしながらタクシーに乗ったのでした。
タクシーの運転手ですから、もちろん英語で、「Thirty-three rue Cambon」(カンボン通り33番)と言ったら、わからない様子。今度は恥ずかしいながらもフランス語で「Trente-trois rue Cambon」と言ったら、直ぐわかってくれたらしく、でも英語で解らなくて申し訳なさそうに、「Merci, trente-trois rue Cambon, merci」(ありがとう、カンボン通り33番、ありがとう)と戻ってくるではないですか。実は英語が通じなかったのはこのときだけでした。
その後は、タクシーに乗ろうが、買い物をしようが、レストランでもホテルでも、フランス人はよく英語を話しました。名所はどこに行っても観光客でいっぱいで、パリジァンはそれに適応してきているのでしょうか。観光客として、どこに行っても、パリジァンの対応は、観光客慣れ、外国人慣れをしているという印象を受けざるをえませんでした。
少数接することができたパリジァンの性格にも、ちょっと面白い発見をしたと思います。外国人に対してプライドの高い態度を見せるパリ人とは反対に、アメリカ人と比べると遠慮、躊躇、謙遜といった態度が見られました。これを対人関係内での、自分か相手かどこに重点を置くかと言う尺度で考えてみようと思います。
\アメリカ人は結構自分の気持ち、あるいは考えに重点をおきます。個人主義そして自己主張が習慣になっているアメリカ社会では、相手の気持ちや考えに焦点を当てるというころはあまりしません。相手の気持ちは、相手自身が責任をもって表現し、伝えてくるものだと思っているでしょう。
それに比べて日本人は、結構相手の気持ちに重点を置きます。相手の気持ちを察して、それに応じてこちらの態度や行動を変えていきます。そのために自分の気持ちを二の次にしがちで、遠慮したり、自分の気持ちを表現しなかったりすることが多いです。
私が接したパリジァンは、アメリカ人と日本人の間くらいに感じました。すなわち、アメリカ人ほど、自分的でなく日本人ほど相手的でもありませんでした。西洋人のなかではアメリカ人慣れしている私としては、パリジァンと接すると、ちょっとリラックスで居心地よかったです。
そんなわけで、先入観から想像しいたパリジァンと遭遇できず、違ったパリジァンの性格の発見と理解に興味をもって帰途についたのでした。
そのようなわけで、私のパリへの旅行は、何十年も前に少し習ったフランス語の復習から始まりました。その昔と比べると、現代の語学勉強は便利になりました。インターネットを使って、現地の画像や人々の音声を簡単に手に入れることができます。地理もある程度習ったところで、パリに向かったのでした。
パリの駅の一つ、Gare du Nord に到着し、最初にしたかったことは、トイレ。ところが入ったとたんコインを入れないと使えないようになっていました。幸い両替機が備わっていました。コインを得た直後、細かいのを少しくださいとよってきたフランス人はなんと英語で話してきました。英語で通じているとほっとしながらタクシーに乗ったのでした。
タクシーの運転手ですから、もちろん英語で、「Thirty-three rue Cambon」(カンボン通り33番)と言ったら、わからない様子。今度は恥ずかしいながらもフランス語で「Trente-trois rue Cambon」と言ったら、直ぐわかってくれたらしく、でも英語で解らなくて申し訳なさそうに、「Merci, trente-trois rue Cambon, merci」(ありがとう、カンボン通り33番、ありがとう)と戻ってくるではないですか。実は英語が通じなかったのはこのときだけでした。
その後は、タクシーに乗ろうが、買い物をしようが、レストランでもホテルでも、フランス人はよく英語を話しました。名所はどこに行っても観光客でいっぱいで、パリジァンはそれに適応してきているのでしょうか。観光客として、どこに行っても、パリジァンの対応は、観光客慣れ、外国人慣れをしているという印象を受けざるをえませんでした。
少数接することができたパリジァンの性格にも、ちょっと面白い発見をしたと思います。外国人に対してプライドの高い態度を見せるパリ人とは反対に、アメリカ人と比べると遠慮、躊躇、謙遜といった態度が見られました。これを対人関係内での、自分か相手かどこに重点を置くかと言う尺度で考えてみようと思います。
\アメリカ人は結構自分の気持ち、あるいは考えに重点をおきます。個人主義そして自己主張が習慣になっているアメリカ社会では、相手の気持ちや考えに焦点を当てるというころはあまりしません。相手の気持ちは、相手自身が責任をもって表現し、伝えてくるものだと思っているでしょう。
それに比べて日本人は、結構相手の気持ちに重点を置きます。相手の気持ちを察して、それに応じてこちらの態度や行動を変えていきます。そのために自分の気持ちを二の次にしがちで、遠慮したり、自分の気持ちを表現しなかったりすることが多いです。
私が接したパリジァンは、アメリカ人と日本人の間くらいに感じました。すなわち、アメリカ人ほど、自分的でなく日本人ほど相手的でもありませんでした。西洋人のなかではアメリカ人慣れしている私としては、パリジァンと接すると、ちょっとリラックスで居心地よかったです。
そんなわけで、先入観から想像しいたパリジァンと遭遇できず、違ったパリジァンの性格の発見と理解に興味をもって帰途についたのでした。
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