外国語を習いながら気が付くことですが、言葉を習うのに視覚的記憶と聴覚的記憶というのがあります。学校に入ってから、または大人になってから外国語を習うと、文字を読みながら習うことが多いので、言葉は視覚的記憶visual memoryに入っていきます。ところが、それに頼って外国語を話そうとすると、なかなかうまくいきません。ちょうど頭に浮かんだ文字を読むかのように、発音をしていきますから、時間がかかるだけでなく、発音も正確ではありません。
変わりに、外国語の音を何度も聞いて、言葉が聴覚的記憶auditory memoryに入っていますと、それを話そうとするとき、案外スムーズに出てきます。話すことは音を出すことですから、言葉の音声を覚えていれば、それをすんなりと使えるわけです。
ですから、話すのを目的として、外国語を習おうと言うのであれば、その言葉は聴覚的記憶を使って習得するべきでしょう。ちょうど小さい子が、未だ文字を読めないので、生活の中で音を聞きながら言葉を習っていくのと同じです。
でも通常は、大人の癖で、外国語を文字から習ってしまったり、発音と同時に文字を習っていきます。そして発音をしようとする時に、頭に文字が浮かび、聴覚的記憶から直接発音をしようとするプロセスを邪魔をしてしまうことが往々にしてあるのです。結果として言葉がスムーズに口から出ません。
ちなみにこのプロセスを脳の働きに置き換えて考えてみましょう。先ず、耳から入った音声のパターンが認識され記憶されます(主に左脳の側頭葉)。その音のパターンに意味が付きます(主に左脳の側頭葉だがその後方にある角回angular gyrus の作用も含まれる)。発音をするために、音声イメージが口の運動に転換されます(左脳の前頭葉)。
文字の視覚的記憶は、後頭葉に保管されていますから、その視覚的イメージを左脳の前頭葉で読みながら発音をしようとすると、左脳の側頭葉に保管されている聴覚的記憶の回復を邪魔し、正確な発音の発生を妨げてしまいます。大人になってから外国語を習うと、このような障害を自ら作り上げてしまうので習得が遅れてしまうこともあります。
また、外国語を習うということは、これまでの話から想像できるように、脳の様々な部分を磨かなければなりません。読みと書きは脳の違う部分で操作されていますし、聞くことと話すことはまた違った部分でコントロールされています。すなわち言語を一つ習得すると言っても、四つ又はそれ以上の機能を発達させなければなりません。そして、その四機能は関係の深い部分でもあるのですが、違った回路で成り立っています。ですから、外国語を話せるけれど、聞いて理解はできないことはありますし、読めるけれど書けない、また、聞いて解るけれど話せないとか書けないとか、いろいろな状態が個人差で生まれてきます。
外国語を習うに当たって、何のためにそれを習うか、将来の用途を明らかにしておいたほうがよさそうです。例えば、ある国の情報収集が目的なら、読むことを中心に外国語を習えます。また、人間関係でのやり取りを目的としているのであれば、音声を中心とした言葉の習得に力を入れることが大切でしょう。
一つの外国語を自由自在に使えるようになるには、読み書き、話す聞くと4カ国語を習うかのようです。そして最初の機能、例えば話すことを習うのに数年かかるのがあたりまえとして考えると、全部を使えるようになるのに10年かかっても不思議ではありません。子供も10年以上かけて母国語を習います。