Dr.田崎 寛:慶応大医学部卒。同大学病院の泌尿器科教授として活躍したあと、1995年渡米。現在ウエストチェスター・メディカルセンターで、日本人に限らず多くの患者さんを診る。
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NJ生活誌「おしゃべりたんぽぽ」より許可を得て転載しております。「おしゃべりたんぽぽ」はNJ北部に住む日本人女性達がボランティア・スタッフやライターとして女性の視点を生かして作り上げているNJ 州情報満載の生活誌です。「来たばかクラブ」というNJ新米の女性のためのお茶会や、こどものための「おはなし会」など、特にこれからNJ近辺に赴任される方には心強いオープンな活動をしています。
http://www.tampopo.info/xoops/
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「ドクター達は病院が嫌い」(What Doctors Hate AboutHospitals) という何とも不思議なカバー・ストーリーが2006年5月の「タイム誌」に出て、米国中に大きなショックを与えました。私の様に米国の大学病院の医療に直接関わっている者にとっても事態を深刻に受け止めるしかありませんでした。
Q : What Scares Doctors?
A : Being the Patient
(Q:何がドクター達を恐がらせるって?)
(A:患者になることさ)
という副題、一体これはどういうことなのでしょう。
ドクターたちの実話―タイム誌より
内科医ドクターLisa Friedmanの話。彼女は自分で触診してお乳にしこりがあるのに気付きました。2001年の夏のことです。「乳腺のしこりのほとんどは癌ではないから、ちょっと様子を見ることにしようかしら」と自分で判断、それが最初の間違いでした。9月になって自分が働いている病院の放射線科に行き、マンモグラフィー(乳腺X線検査)を受けようとしました。HMO(米国健康管理機構)では2年に1回の検査が受けられます。彼女は18ヶ月前に受けていて、何でもないからだめと言われますが、「ちょっと待ってよ。現にしこりがあるんだから自費でも検査してよ」と頼みます。やっと検査が受けられて結果を放射線医が見、即座に「こりゃあ癌だ」と。手術という段階になって「もう美容も何も関係ないから全摘してください」と外科医に頼みます。「しこりだけ取れば大丈夫」というので、外科医の言う通りにします。それが第2のミステイクでした。その後の治療は後手後手ばかりか薬は間違えるし、あらゆる医療ミスに巻き込まれます。Yale大学教授ドクターSherwin Nulandは娘の脳脊髄液ドレーンの失敗で精神荒廃に至った例を挙げ、小児科医ドクターDonald Berwickは奥さんの稀な脊髄疾患の入院で投薬ミス、検査の繰り返し、データの紛失、結果の誤読と一流の大病院で起こった例を語っています。なぜ米国の一流病院でこんなミスが頻発するのでしょう。この記事のレポーターNancy Gibbs and Amanda Bowerは、第一に米国の健康管理機構HMOが悪い、医者が医者を診るときにすべてがeasyになる、一方で現場の医療は経験不足の若者たちに連絡不足のまま任されるなどを指摘しています。
日本社会と医療ミス
この米国医療の状態は、ある面では日本の医療が抱える医療ミスの背景に共通するものがあります。日本の大病院では、患者を取り違えたり、肺や腎臓など左右2つある臓器の手術では、悪い方を取らずに病気のない方を摘出して、患者が死亡してしまうようなミスが起こっています。これは日本が単一民族で平穏に過ぎてきた国なので、誰もがお隣さんであり、親戚の延長のような社会でした。そのため「どこの誰々さん」で、病院でもどこでもさっさと話が通ってきた経緯があります。その「なーなーさ」は良い面も多かったのですが、最近の大病院ではそれが裏目に出て医療ミスの原因になっている例が多いのです。
格差を広げる医療制度
日本の国民皆保険制度は、米国のHMO とはまったく違います。日本の健康保険は、国家管理で国民に公平に医療を提供するのが目的です。これに対して米国のHMOは、保険会社が病院をグループにして管理していますので、人々は自分の収入と健康状態と保険料を較べ合わせて、どの保険会社(プラン)をとるか決めます。その歴史をたどると25年も前に導入されたDRG (Diagnosis RelatedGroup)というシステムに帰着します。DRGではすべての病気を400種類に番号分けして、支払いの上限を決めています。したがって医療ミスで医療費がかさんでも保険の払い戻しはありません。それが10年前HMOに発展してからは、米国医療は制限医療で、金持ちは優先的に高級な医療を受けられ、貧乏人は実質的に医学生や研修医による経験不足の医療しか受けられない状態になっています。
どこへ行く日本の医療
日本では医学生が病人を診断・治療することは許されませんが、医学部を卒業後、医師国家試験をパスしても2年間の必修研修医を義務付けています。だからと言って彼らの診療能力が高くなったというわけではありません。とくに最近の治療技術の急激な進歩は、年配の医師はもちろん若い医師も追いついていくのがやっとという状態が続いています。腹腔鏡手術がその典型で、新技術をやっとマスターしたと思ったら、すでに新しい方法が始まっているという状態で、医師の間に診断・治療能力の「格差」が益々広がっています。
有名な病院に行けば大丈夫という考えは、日米ともに過去のもの、「医者を選ぶも寿命のうち」と癌になって10年生きた人が言いましたが、さてどう選ぶかは次回に 。
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