日米医療制度と医療費

| コメント(0) | トラックバック(0)

Dr.田崎 寛:慶応大医学部卒。同大学病院の泌尿器科教授として活躍したあと、1995年渡米。現在ウエストチェスター・メディカルセンターで、日本人に限らず多くの患者さんを診る。

___________________________________________________________________________

NJ生活誌「おしゃべりたんぽぽ」より許可を得て転載しております。「おしゃべりたんぽぽ」はNJ北部に住む日本人女性達がボランティア・スタッフやライターとして女性の視点を生かして作り上げているNJ 州情報満載の生活誌です。「来たばかクラブ」というNJ新米の女性のためのお茶会や、こどものための「おはなし会」など、特にこれからNJ近辺に赴任される方には心強いオープンな活動をしています。

http://www.tampopo.info/xoops/

__________________________________________________________________________

第7回

日米医療制度と医療費

日本では医療費の高騰が大きな社会問題になっています。一方米国でこのことが一般社会のニュースになることはありません。医療費は個人の問題でTax Returnの時にどれくらいかかって保険会社からどれくらいreimburse されたか、保険はいくらかけているかにだけ関心があります。友人などの話を聞いて、こんなに病院や医者に払っても払い戻しが少ないので、来年は保険会社を変えよう、というのが米国社会一般の医療費に関する話題です。病院や医者への支払いが年々高くなっているのは事実ですが、そのこと自体には患者さんの不満はほとんどありません。

ひと言で言えば、この違いは両国の医療保険制度の根本的相違によります。日本の国民皆保険制度には医療の国家管理という意味がありますが、米国の医療は個人の自由意志が基本です。米国にはSocial Security Numberがあり、日本ではこれを国民総背番号制度と呼んでいます。一方でSocial Securityは社会保障制度と訳されていますが、Social Security Officeでは単に日本の社会保険庁がやっている年金関連の仕事だけでなく医療費の一部支給と連邦税、州税との関係でInternal Revenue, State Tax Officeとも連繋して仕事をしています。日本の医療は厚生省から厚生労働省に名前が変わってもセクショナリズムの基本は変わっていません。国民総背番号制度には依然強い抵抗がありますが、たとえそうなったとしても米国のSocial Security Numberが持つ意味と果たしていることとは違ったものになるでしょう。

診療方式の変化に伴い増大する医療費の負担

日本では高齢化がますます医療費を高騰させるという予想から、高齢者医療の自己負担を増やして、しのごうとしています。しかし医療機関からの支払い請求が増大することは間違いないので、健康保険適応外の医療行為を同一医療機関で行うことを認める方向になるのは必至の状況です。
現行制度では、健康保険を扱う施設では健康保険医という資格が与えられた医師は、認定された医療行為しか出来ません。健康保険医でない美容整形などの医師は、自由診療と呼ばれる独自の診療を医師法の範囲内で行うことができます。つまりその診療行為に対しては、患者さんが自分で費用を負担しなければなりません。

保険診療と自由診療を同一診療施設で、健康保険医と政府が認定した医師が行うことを「混合診療」と呼んでいます。現在でも歯科などでは「この治療は保険がきかないのですがいいですか?」と患者さんの了解を得て行われているのが実情ですが、今後その「混合診療」が公式に認められるとなる
と、健康保険と自由診療の比率が逆転して、例えば90%自由診療、10%保険診療となることも考えられます。そうなると給料から自動的に天引きされている健康保険料があるのに更に差額30%を窓口で取られては、国民皆保険は何の意味もないという声が上がるのは必至です。そこで米国のような民
間保険会社の健康保険に加入するしかないということになります。

アメリカの保険会社が参入できない理由

米国のとくに政府関係者から見ると日本は同盟国と言いながら閉鎖社会、閉鎖経済の国で、自由主義国家とはほど遠いという考えがあると思います。その一つが国民皆保険、これは社会主義ではないか、だからアメリカの保険会社は入る隙がないというのが筋書きのようです。そのpressureが直接大統領から小泉首相にあったとか、いやそれはなかったとか色々情報が飛び交う中で、日米で医療費の計算方式の基本的な違いがあることが指摘されなければなりません。

簡単に言うと日本の医療費は物の値段、米国の医療費は技術に基本を置いているということです。日本の医療機関から基金への支払い請求は、色々言われながらもまだ「積み上げ方式」、例えば胃の手術であれば、手術前に胃の中にチューブを入れておけばいくら、チューブ代がいくら、それを通して洗浄すれば食塩水が1リットルでいくら、抗生物質で感染防止をすればいくら、手術後カテーテルを留置すればいくら、といった調子で天井知らずに医療費を積みあげます。
米国では、物はすべて手術料に含まれ何千ドルというおおまかな数字で請求されます。手術中の麻酔医の技術も、麻酔薬何cc使ったではなく麻酔時間によって技術料として患者さんに直接請求が行きます。米国式の医療費計算を「まるめ」と日本で呼んでいるようですが、この切り替えは半世紀に
わたって点数計算をやって来た日本の病院の医療事務の人たちに簡単に出来ることではなさそうです。

日本の健康保険は物に換算する実例

米国に住む日本人男性なら誰でも経験したことだと思いますが、内科のドクターに行ってもお尻の穴から指を入れられて診察される、直腸診、英語で DRE (Digital Rectal Examination)と言う診察があります。日本では泌尿器科で前立腺の検査にするものと考えられていますが、米国では内科
医でも一般診察の一部として行っています。もちろん素手でやるはずはなく必ずゴム手袋をしますが、日本では使い捨ての時代以前にはゴムサック(指嚢)でやっていました。しかも使用後ナースが洗って乾燥させて何回も使うという状態でしたので、私が病院と交渉して衛生上も人力節約上も一人1回使い捨てにするようにしました。ところが患者さんは帰り際、窓口で10円徴集され、100%健康保険では不満の声も上がる始末、無料にするのに2年もかかりました。

日米どちらが良いのか、今後どのように変わろうとしているのか、ポスト小泉次第で予想は大変難しいと思います。たんぽぽ53号より転載)

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.sweetnet.com/mt/mt-tb.cgi/1097

コメントする

最近のブログ記事