徹底比較・日米医療事情の最近のブログ記事

Dr.田崎 寛:慶応大医学部卒。同大学病院の泌尿器科教授として活躍したあと、1995年渡米。現在ウエストチェスター・メディカルセンターで、日本人に限らず多くの患者さんを診る。

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NJ生活誌「おしゃべりたんぽぽ」より許可を得て転載しております。「おしゃべりたんぽぽ」はNJ北部に住む日本人女性達がボランティア・スタッフやライターとして女性の視点を生かして作り上げているNJ 州情報満載の生活誌です。「来たばかクラブ」というNJ新米の女性のためのお茶会や、こどものための「おはなし会」など、特にこれからNJ近辺に赴任される方には心強いオープンな活動をしています。

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第7回

日米医療制度と医療費

日本では医療費の高騰が大きな社会問題になっています。一方米国でこのことが一般社会のニュースになることはありません。医療費は個人の問題でTax Returnの時にどれくらいかかって保険会社からどれくらいreimburse されたか、保険はいくらかけているかにだけ関心があります。友人などの話を聞いて、こんなに病院や医者に払っても払い戻しが少ないので、来年は保険会社を変えよう、というのが米国社会一般の医療費に関する話題です。病院や医者への支払いが年々高くなっているのは事実ですが、そのこと自体には患者さんの不満はほとんどありません。

ひと言で言えば、この違いは両国の医療保険制度の根本的相違によります。日本の国民皆保険制度には医療の国家管理という意味がありますが、米国の医療は個人の自由意志が基本です。米国にはSocial Security Numberがあり、日本ではこれを国民総背番号制度と呼んでいます。一方でSocial Securityは社会保障制度と訳されていますが、Social Security Officeでは単に日本の社会保険庁がやっている年金関連の仕事だけでなく医療費の一部支給と連邦税、州税との関係でInternal Revenue, State Tax Officeとも連繋して仕事をしています。日本の医療は厚生省から厚生労働省に名前が変わってもセクショナリズムの基本は変わっていません。国民総背番号制度には依然強い抵抗がありますが、たとえそうなったとしても米国のSocial Security Numberが持つ意味と果たしていることとは違ったものになるでしょう。

診療方式の変化に伴い増大する医療費の負担

日本では高齢化がますます医療費を高騰させるという予想から、高齢者医療の自己負担を増やして、しのごうとしています。しかし医療機関からの支払い請求が増大することは間違いないので、健康保険適応外の医療行為を同一医療機関で行うことを認める方向になるのは必至の状況です。
現行制度では、健康保険を扱う施設では健康保険医という資格が与えられた医師は、認定された医療行為しか出来ません。健康保険医でない美容整形などの医師は、自由診療と呼ばれる独自の診療を医師法の範囲内で行うことができます。つまりその診療行為に対しては、患者さんが自分で費用を負担しなければなりません。

保険診療と自由診療を同一診療施設で、健康保険医と政府が認定した医師が行うことを「混合診療」と呼んでいます。現在でも歯科などでは「この治療は保険がきかないのですがいいですか?」と患者さんの了解を得て行われているのが実情ですが、今後その「混合診療」が公式に認められるとなる
と、健康保険と自由診療の比率が逆転して、例えば90%自由診療、10%保険診療となることも考えられます。そうなると給料から自動的に天引きされている健康保険料があるのに更に差額30%を窓口で取られては、国民皆保険は何の意味もないという声が上がるのは必至です。そこで米国のような民
間保険会社の健康保険に加入するしかないということになります。

アメリカの保険会社が参入できない理由

米国のとくに政府関係者から見ると日本は同盟国と言いながら閉鎖社会、閉鎖経済の国で、自由主義国家とはほど遠いという考えがあると思います。その一つが国民皆保険、これは社会主義ではないか、だからアメリカの保険会社は入る隙がないというのが筋書きのようです。そのpressureが直接大統領から小泉首相にあったとか、いやそれはなかったとか色々情報が飛び交う中で、日米で医療費の計算方式の基本的な違いがあることが指摘されなければなりません。

簡単に言うと日本の医療費は物の値段、米国の医療費は技術に基本を置いているということです。日本の医療機関から基金への支払い請求は、色々言われながらもまだ「積み上げ方式」、例えば胃の手術であれば、手術前に胃の中にチューブを入れておけばいくら、チューブ代がいくら、それを通して洗浄すれば食塩水が1リットルでいくら、抗生物質で感染防止をすればいくら、手術後カテーテルを留置すればいくら、といった調子で天井知らずに医療費を積みあげます。
米国では、物はすべて手術料に含まれ何千ドルというおおまかな数字で請求されます。手術中の麻酔医の技術も、麻酔薬何cc使ったではなく麻酔時間によって技術料として患者さんに直接請求が行きます。米国式の医療費計算を「まるめ」と日本で呼んでいるようですが、この切り替えは半世紀に
わたって点数計算をやって来た日本の病院の医療事務の人たちに簡単に出来ることではなさそうです。

日本の健康保険は物に換算する実例

米国に住む日本人男性なら誰でも経験したことだと思いますが、内科のドクターに行ってもお尻の穴から指を入れられて診察される、直腸診、英語で DRE (Digital Rectal Examination)と言う診察があります。日本では泌尿器科で前立腺の検査にするものと考えられていますが、米国では内科
医でも一般診察の一部として行っています。もちろん素手でやるはずはなく必ずゴム手袋をしますが、日本では使い捨ての時代以前にはゴムサック(指嚢)でやっていました。しかも使用後ナースが洗って乾燥させて何回も使うという状態でしたので、私が病院と交渉して衛生上も人力節約上も一人1回使い捨てにするようにしました。ところが患者さんは帰り際、窓口で10円徴集され、100%健康保険では不満の声も上がる始末、無料にするのに2年もかかりました。

日米どちらが良いのか、今後どのように変わろうとしているのか、ポスト小泉次第で予想は大変難しいと思います。たんぽぽ53号より転載)

Dr.田崎 寛:慶応大医学部卒。同大学病院の泌尿器科教授として活躍したあと、1995年渡米。現在ウエストチェスター・メディカルセンターで、日本人に限らず多くの患者さんを診る。

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たまに日本に行って驚くことの一つは、時間の正確さです。ラッシュ時の東京の山の手線では混むこともすさまじい一方で、3分間隔で電車が来るなんて、ニューヨークの地下鉄やメトロでは考えられません。

もっと驚くのは何かの会合で、時間が夕方6時とかで通報されていると、ぴったり6時には開会になります。5分間くらいの遅れはあっても、10分以上開会が遅れることはまずありません。集まって来る人たちもそれを心得ているので、遅れて会場に入って行くと、皆に白い目で見られている感じがします。

日本では交通機関、とくに電車が発達している上に、正確に運行されているので、学校、会社、会合などほとんどすべてのことが定刻どおりに始まり、定刻どおりに終わる習慣が人々の身についているのだと思います。

米国では ”Just a minute”と言われたら「1分待って」と考えるのは大間違い、5分が普通です。”Wait 5 minutes” と言われたら、まず20分は待っても仕方がない、”Please have yourseat”と言われたら、30分や1時間は待つのを覚悟しなければなりません。

この時間感覚の違いは、交通手段が車でも地下鉄でもバスでも、いつどこで遅れても当然と誰しも思っている以上に、街路でも駅でも歩いている間に友達にすれ違っていったん立ち話を始めたら最後、仕事場の話から昔の仲間、家族全員の話まで、10分以上止まらないおしゃべり好きな国民性も大きな要素だと思います。

日本の大病院での待ち時間日本で大学病院に行ったら「3時間待って3分診察」は常識と考えられています。国公立の大病院でも待ち時間は長くて、先生に会う時間はほんの数分という短時間です。

理由として、風邪でも腹具合が一寸悪くても、日本全体が大病院指向になって行ったのが70年代、80年代で、その結果が「3時間待って3分診療」になったのですが、それが悪評のため90年代には大学病院や癌センターのような病院を国が特定機能病院と指定して、開業医などかかりつけの医師の紹介状がないと受け付けないようにして、大病院集中を回避しようとしました。

ところが、これでは「3時間待ち3分診療」はほとんど改善を示しませんでした。最初は大病院で診断がついたら、紹介もとに戻すのがねらいでした。ところがほとんどの患者さんは大病院で診断され治療まで受け、そのまま再来患者として経過観察に通院するようになります。

大病院の医師側にとっても、経過観察は自分のところでやりたいという希望があると同時に、病院経営側にとっては、一旦健康保険で支払い基金との関係が出来れば、金の成る木をよそに渡すことはないという現実的な発想があります。

したがって通院患者がどんどん増える結果、混雑する大病院の外来を交通整理するには先着順の番号札にするしかありません。


紹介状+アポイントなしには行けないアメリカの大病院

米国のとくに大学病院のメデイカル・センターには、医師の紹介状なしには行けません。その上、自分でアポイントメントを取らなければなりません。アポイントメントは何ヶ月も先ということもありますが、紹介医の判断で緊急性があれば早くなります。一旦決まれば「3時間待って3分診療」はあり得ません。つまり充分な診療時間が確保されています。

ではなぜ、日本ではそれが出来ないのでしょうか?一部の専門外来ではアポイント制を取っているところはありますが、その多くは再来の場合で、初診から医師と時間の約束をすることは出来ないのが普通です。大学病院や国公立病院は、すべての人に公平に開かれているべきですが、米国やヨーロッパの病院の様に、患者と医師が個人同志として約束する習慣がないのです。それも元はと言えば、国家管理の健康保険制度が定着している日本と、基本的に個人主義の欧米先進国の違いに帰着するように思います。

米国の大学病院の教授・助教授クラスの医師は、それぞれの専門医として大学内または近くのビルに診療のためのオフイスを持ち、ナースと事務員を雇って患者さんを診ています。それは大学内で開業していることと同じことです。日本の保険制度では、金持ちも生活保護家庭の患者も公平に診るのが原則ですから、初診から時間を約束して診察することは許されないのです。したがって番号札順、遅くなれば3時間待ちくらいは当然なのです。

米国の病院のERでは・・・

ところが米国の医療では金持ちと貧乏人では格差が大きくなるばかり、日本の生活保護に当たるメデイケイドにも入れない違法入国の貧乏人が癌にでもなったら、死ぬのを待つだけです。それでも見かねた家族がER(救急外来)に連れて行きます。ERではナースがTriadという重傷度の3段階に分けます。Gun shotの様なまさに死にかけている患者さんを最優先に、痛くて転げまわっている患者は第2優先、癌患者でもナースが見て緊急性がないと判断されれば、3時間どころか12時間も待たされることもあります。やっと順番が来ても、実際に診てくれるのは学生か若い研修医、治療も彼等に任されられれば良い方で、ナースが処置して帰されるのが普通です。勿論、責任者のドクターは居るはずですが、実際に手を下すことはまずありません。

どっちが実質長い待ち時間?

日本の大病院の外来診療の待ち時間は長く、診療時間は短いのは当分変わりそうにありません。米国では予約日が来るまで待つのは長くても時間をかけて診てもらえるのは良い点です。ただ入院治療が必要となると日本の順番待ちは何ヶ月もかかることが多く、一方米国では保険会社が払うと分ればすぐ入院、払わないとなれば永遠に近く待ち続ける国です。そこで「病院を待つところなりと見つけたり」 もう一句 「待ち時間 短くするのも医者次第」(ひろし)

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Dr.田崎
寛:
慶応大医学部卒。同大学病院の泌尿器科教授として活躍したあと、1995年渡米。現在ウエストチェスター・メディカルセンターで、日本人に限らず多くの患者さんを診る。



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日本でも米国でも医療の場で病人に接する看護婦さんは「白衣の天使」と呼ばれ清く美しく働く姿の象徴とされてきました。ドクターも同じく「白衣」を着ているだけで患者さんからの尊敬や信頼を得、清潔感を与えるのに役立っていると思います。ところが最近、米国のナースはほぼ100%白衣を着ていません。ドクターも90%は普段着のままで診療しています。なぜ米国のドクターとナースは白衣を脱ぐことになったのでしょうか?

米国のナースの「脱白衣」は小児科から始まったと言われています。幼い子供たちは病院や診療所で痛いことをするドクターやナースを、病気を治してくれる人とはとらず自分をいじめる「白衣の悪魔」と思うのです。そのイメージを変えるには、パパやママと同じ普通の服装をしている方が安心感を与え、結果的に診断や治療がスムースに行くと判断されたからです。好みのスクラブ・ウエアーのナースが子供たちに好かれるようになって、小児科のドクターも白衣を着なくなりました。この小児心理学の臨床の場での応用は、大人の精神科でも適用されるようになり、米国で20年前にはほとんど全科で「脱白衣」の状態になりました。

日本では小児科などでピンクの仕事着を着ているナースも見かけますが基本的に「白衣姿」のドクターとナースは医療の場のユニフォームです。病人の立場から見れば「白衣」は尊敬や信頼の目印でもあり、また上下関係つまり対等ではない人間関係を象徴しているとも言えます。特に日本の大学病院や大病院での医者・患者関係は「白い巨塔」、下から上を見上げるとそびえ立って見えるのです。

米国では医者と同様に弁護士は社会の高い位置にいるとされていますが、「白衣」にあたるものを着用していたことはなく、クライエントとはオフイスで同じ服装=対等の立場で会います。医者・患者関係も全く人間として対等というのが米国人の考えです。ですからセカンド・オピニオンを取りに行きたいと患者さんが言えば医者は自分の診断に加えて検査所見など全ての情報を患者さんに渡して、どうぞ意見を聞きに行ってくださいということになります。

日本では基本的にセカンド・オピニオンを求めるという考えがないので、帰国した人が米国の感覚でそれを言うと、まずドクターは「俺を信用しないのか」と考えるのが普通です。渋々承知したとしても紹介の手紙は書きたがらないしX線写真・CTスキャン・MRIなどを全部渡すことはまずありません。

したがって患者さんは、最初のドクターには黙って他のドクターに行くことになりますから、既に行った検査、高価な画像診断なども初めからやり直すことになります。これは医療費の無駄使いであるばかりか患者さんにとっては不要なX線などの被爆を受けることになります。日本の医療施設で入院となると、他の診療所で行った検査ももう一度全部やり直すのが普通です。そのため手術が必要な場合でも最低1週間くらい前に入院しなければなりません。

米国ではほとんどの手術が当日入院のみです。お腹の手術の場合など、朝家を出る前に自分で浣腸、排便してから病院に来るように言われます。夜中から何も食べたり飲んだりしないようにとか、出血しやすくなるアスピリンまたはそれを含んだ感冒薬などは1週間前から飲まないようになどの注意事項も言い渡され、患者さんもしっかり守ります。

日本の場合は1週間も前に入院しているので看護婦さんが患者さんの一挙一動を実際に見て確認しています。このことは逆に言えば患者さんと医療関係者の間の信頼関係があるかないかで、日本の場合一般的に医療関係者は患者さんを信用していないということなのです。患者さん側も手術の前夜12時から絶対飲んだり食べたりしてはいけないと言われても、ちょっとくらいいいだろうと思ったりするのが日本の風土です。Yes/Noがはっきりしている西欧の生活習慣は日本では必ずしも当てはまらないのです。米国人の患者さんは1日でも早く退院したいというのが普通ですが、病名によって保険が3日以上の入院費を支払わないなど厳しい制約があることとかみ合います。

日本の場合完全に良くなるまで入院していたいという人の方が多く、家庭でも半病人が帰されても居る場所がないという住宅事情もあり、同じ病気でも日本の入院期間は米国の何倍も長くなっています。日本の病院では入院ベッド1つ当たりの稼働率が病院経営の鍵とされますが、米国では逆に出来るだけ早く退院させる回転率だけが問題になります。

保険制度の違いがここにも表われています。他院の検査結果を信用せず既に行っている高額の検査、たとえばMRIでも入院したらもう一度やるという日本のやり方も、病院経営の方針によるところが多いのです。米国ではCT、MRIなどを持ってセカンド・オピニオンを取る際には患者さんご本人が求めればCDROMにコピーしてもらえます。フィルムよりそれを持って行く方が更に正確な診断を早く得ることができます。

はじめに述べたように、日本ではまだナースもドクターも「白衣」。同じ施設ではユニフォームとして着用が義務付けられています。特にナースの帽子は施設で決められていますが、米国では自分が卒業した学校の帽子を着けていました。かなり以前、東京のある大学病院で教授とも見える「白衣」の先生が実は全くの偽医者で、婦人科の内診までしていた事件がありました。「白い巨塔」の盲点でした。お気を付けください。

 

Dr.田崎 寛:慶応大医学部卒。同大学病院の泌尿器科教授として活躍したあと、1995年渡米。現在ウエストチェスター・メディカルセンターで、日本人に限らず多くの患者さんを診る。

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「ドクター達は病院が嫌い」(What Doctors Hate AboutHospitals) という何とも不思議なカバー・ストーリーが2006年5月の「タイム誌」に出て、米国中に大きなショックを与えました。私の様に米国の大学病院の医療に直接関わっている者にとっても事態を深刻に受け止めるしかありませんでした。

Q : What Scares Doctors?
A : Being the Patient
(Q:何がドクター達を恐がらせるって?)
(A:患者になることさ)

という副題、一体これはどういうことなのでしょう。

ドクターたちの実話―タイム誌より

内科医ドクターLisa Friedmanの話。彼女は自分で触診してお乳にしこりがあるのに気付きました。2001年の夏のことです。「乳腺のしこりのほとんどは癌ではないから、ちょっと様子を見ることにしようかしら」と自分で判断、それが最初の間違いでした。9月になって自分が働いている病院の放射線科に行き、マンモグラフィー(乳腺X線検査)を受けようとしました。HMO(米国健康管理機構)では2年に1回の検査が受けられます。彼女は18ヶ月前に受けていて、何でもないからだめと言われますが、「ちょっと待ってよ。現にしこりがあるんだから自費でも検査してよ」と頼みます。やっと検査が受けられて結果を放射線医が見、即座に「こりゃあ癌だ」と。手術という段階になって「もう美容も何も関係ないから全摘してください」と外科医に頼みます。「しこりだけ取れば大丈夫」というので、外科医の言う通りにします。それが第2のミステイクでした。その後の治療は後手後手ばかりか薬は間違えるし、あらゆる医療ミスに巻き込まれます。Yale大学教授ドクターSherwin Nulandは娘の脳脊髄液ドレーンの失敗で精神荒廃に至った例を挙げ、小児科医ドクターDonald Berwickは奥さんの稀な脊髄疾患の入院で投薬ミス、検査の繰り返し、データの紛失、結果の誤読と一流の大病院で起こった例を語っています。なぜ米国の一流病院でこんなミスが頻発するのでしょう。この記事のレポーターNancy Gibbs and Amanda Bowerは、第一に米国の健康管理機構HMOが悪い、医者が医者を診るときにすべてがeasyになる、一方で現場の医療は経験不足の若者たちに連絡不足のまま任されるなどを指摘しています。

日本社会と医療ミス

この米国医療の状態は、ある面では日本の医療が抱える医療ミスの背景に共通するものがあります。日本の大病院では、患者を取り違えたり、肺や腎臓など左右2つある臓器の手術では、悪い方を取らずに病気のない方を摘出して、患者が死亡してしまうようなミスが起こっています。これは日本が単一民族で平穏に過ぎてきた国なので、誰もがお隣さんであり、親戚の延長のような社会でした。そのため「どこの誰々さん」で、病院でもどこでもさっさと話が通ってきた経緯があります。その「なーなーさ」は良い面も多かったのですが、最近の大病院ではそれが裏目に出て医療ミスの原因になっている例が多いのです。

格差を広げる医療制度

日本の国民皆保険制度は、米国のHMO とはまったく違います。日本の健康保険は、国家管理で国民に公平に医療を提供するのが目的です。これに対して米国のHMOは、保険会社が病院をグループにして管理していますので、人々は自分の収入と健康状態と保険料を較べ合わせて、どの保険会社(プラン)をとるか決めます。その歴史をたどると25年も前に導入されたDRG (Diagnosis RelatedGroup)というシステムに帰着します。DRGではすべての病気を400種類に番号分けして、支払いの上限を決めています。したがって医療ミスで医療費がかさんでも保険の払い戻しはありません。それが10年前HMOに発展してからは、米国医療は制限医療で、金持ちは優先的に高級な医療を受けられ、貧乏人は実質的に医学生や研修医による経験不足の医療しか受けられない状態になっています。

どこへ行く日本の医療

日本では医学生が病人を診断・治療することは許されませんが、医学部を卒業後、医師国家試験をパスしても2年間の必修研修医を義務付けています。だからと言って彼らの診療能力が高くなったというわけではありません。とくに最近の治療技術の急激な進歩は、年配の医師はもちろん若い医師も追いついていくのがやっとという状態が続いています。腹腔鏡手術がその典型で、新技術をやっとマスターしたと思ったら、すでに新しい方法が始まっているという状態で、医師の間に診断・治療能力の「格差」が益々広がっています。

有名な病院に行けば大丈夫という考えは、日米ともに過去のもの、「医者を選ぶも寿命のうち」と癌になって10年生きた人が言いましたが、さてどう選ぶかは次回に 。

 

徹底比較・日米医療事情 No.4 人間ドッグ

Dr.田崎 寛:慶応大医学部卒。同大学病院の泌尿器科教授として活躍したあと、1995年渡米。現在ウエストチェスター・メディカルセンターで、日本人に限らず多くの患者さんを診る。

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日本の尼崎で、107人が亡くなり500人以上の人が負傷するという、最悪の鉄道事故が起こりましたが、世界のどこにいても、いつ命にかかわる事態に巻き込まれるか分からないのが現代なのでしょうか?それにしても便利な乗り物は、衝撃に対して人間の身体を守るにはあまりにも脆くできているように思います。

電車、自動車、飛行機、エレベータでさえも稼動の時間や距離で定期点検することが義務付けられています。その考え方の始まりは、外洋を航行する船の定期的な点検にあったようです。つまり、長い航海によって船体が錆びたり貝殻などがこびり付いたりしているのをきれいにするばかりでなく、スクリューや舵など、船にとっては最重要の機能を果たしている部分を点検して、必要があれば補修することになります。このような作業は港で水に浮いていてもできることもありますが、普通は陸に上がった状態、つまりドックに入れて船体を休ませながら、点検と同時に悪くなったところが見つかれば修理することになります。

船のドック入りを人間にたとえ、人生という長い航海に疲れた人を休息させるという意味も含めて、「人間ドック」という言葉が1960年代に日本で使われるようになり、70年代からはその専門施設が続々誕生しました。現在では「一日ドック」「日帰りドック」とか「ドック式検査」とかの名前で日本全国どこにでも存在しています。

ところが米国には「ドック」という名前もないし、その目的だけの施設もありません。確かに「定期健診」annual check-upということは一部で行われていますが、一般の人がそれを受ける義務もないし、一回受けたからといって次にいついつ受けなさいという通知が来るわけでもありません。主として高脂肪・高カロリ−の食生活をする米国人こそ日本式の「ドック」が必要なはずなのに、なぜ発達しないのでしょうか?

原因は日米の保険制度の違いにあります。簡単に言えば、日本の国民皆保険制度と米国の任意保険+メディケア・メディケイドでは健康管理の考え方の根本が違うからです。日本では第二次大戦の敗戦直後から、医師会の反対を押し切って健康保険制度が発足して、公務員の政府管掌保険、民間会社の健康保険組合の保険、国民保険、生活保護保険の4種類で、国民全員がどれかに所属して政府主導の基金で運営されてきました。しかし、高騰する医療費と医療施設からの天井知らずの支払い請求から、20年前にはすでに30兆円を超える累積赤字で破産状態になっていました。保険者本人負担の増加や支払い請求の改善にもかかわらず、高齢化で老人保険や介護保険が加わる一方、パートタイマー、フリーターなどが保険料を払わない傾向も加速して、日本の健康保険制度はいつ破綻しても不思議でない状態です。米国でもヒラリー・クリントン上院議員は、日本式皆保険制度の導入を提案する1人でしたが、現大統領G.ブッシュはルーズベルト以来の社会保険制度の基本を金持ち優先の制度に逆行させようとしている状態です。

日本の「人間ドック」が繁盛している理由は、民間会社の健康保険組合が従業員に対して年1回は会社負担で定期健診を受けさせることで、生活習慣病の予防と疾患の早期発見をし、従業員を早く職場復帰させるためです。これは、生涯雇用を基本にしてきた日本の企業としてはきわめて合理的で建設的な習慣として定着しています。米国で国民皆保険も「人間ドック」も存在しないのは、もともと終身雇用の原則がないためだとも言えるでしょう。

ところで、「人間ドック」「定期健康診断」のメリットは、検査を受ける本人には実際にどの程度あるのでしょうか?各施設の検査項目にもよりますが、日本では内科中心の高血圧、高コレステロール、糖尿病のスクリーニングが基本健診で、次に日本人に多い消化器系の内視鏡、超音波、X線検査を行います。循環器系では、米国には心臓病が多いのに対して、日本では脳血管の異常が多いため「脳ドック」という検査(眼底血管撮影、MRIなど)が追加されます。費用は3万4千円から始まって、全部受けると8万円以上かかります。

実際どんな異常が見つかるかですが、多いのは生活習慣病予備軍、消化管ではポリープや胆石、超音波で腎臓結石、腎臓腫瘍・副腎腫瘍が偶然見つかることもあります。泌尿器系では尿検査で血尿が確認されれば、専門医の受診が必要になります。

日本人駐在員家族は、ニューヨーク市内、ウエストチェスター、ニュ−ジャージーで、日本の「人間ドック」と同様の健康診断施設を利用できます。日本のデータを持って年1回受診されることをお薦めします。何か異常が見つかった時に、前回の検査結果と比較することに重大な意味があるからです。
一方「人間ドック」はない、定期健診はあまり定着していない米国はどうでしょうか?過去10年、米国の患者さんの傾向を見ていると、本当に病気がひどくなって初めてドクターに行く人が多いのが現状です。癌なら、大きくなって手術では取りきれないとかすでに転移しているなど、日本と比べると病気の程度に大きな差があります。

日本の「人間ドック」の最初のアイデアは、「船のドック入り」と同じで陸に上がって長旅で疲れた身体を休める意味だったのですが、今は早い現場復帰のため。過労によるストレスがたまることが食生活と同様に生活習慣病に関係すると言われる現代、ゆっくり身体も精神も休める「人間ドック」があったら良いのにと考えさせられます。