クリントン・イーストウッド監督の二部作のうちの一部「Flags of our father」を昨晩見てきました。
これから見に行く方のためにネタばれしないようにコメントします。
まず、見る前に心に留めておいて欲しい史実をいくつか。
アメリカ海兵隊(Marine/マリーン)
アメリカの軍隊には海兵隊、海軍、陸軍、空軍がありますが、その中でも海兵隊は最も勇猛果敢なことで知られています。実際に戦地では、まず海兵隊員が最前線に出て敵地の足固めをした後に、他の軍隊が入ってきます。ですので、当然犠牲者が最も多く出るのが海兵隊であり、皆その覚悟の元に志願し入隊します。
硫黄島
日本においては、第二次世界大戦という史実において、それほど話題にあがることのない戦いですが、アメリカにおていは、アメリカ史上最悪の犠牲者を出した戦地として広く知られている激戦地です。今でも、Iwojima Veteran(硫黄島退役軍人)と言うと、他のどの退役軍人よりも尊敬の持って見られます。
日本軍側の死傷者、2万1152名(内、戦死者2万129名、生存率5%)、米軍の死傷者数2万868名(内、戦死者6821名)。
硫黄島での星条旗掲揚の写真
硫黄島の摺鉢山の頂上に星条旗を掲げる6人のアメリカ兵の姿の写真は、時を経た今でもアメリカの勝利のシンボルとして崇められています。
硫黄島については「散るぞ悲しき」の中でも詳しく書いていますので、是非参照していただきたいのですが、硫黄島の戦いが、なぜアメリカにとって最悪の戦場になったかと言うと、それまでの南方諸島どの対日戦においては、上陸するアメリカ兵を水際の万歳攻撃で真正面から体当たりの攻撃をするという戦法だったのですが、硫黄島においては大将栗林の英知によって万歳攻撃は固く戒められ、島の地下に縦横に張り巡らされた地下壕が掘られ、アメリカ兵を完全に上陸させてからの奇襲作戦とゲリラ戦が行われました。アメリカ軍は、そのような今までにない日本の戦法に完全に不意をつかれた形となり初日にして、大きな犠牲を出したのでした。
前置きが長くなりました。
映画は、星条旗を掲げた6人の内の1人の衛生兵の息子ジェームズ・ブラッドリーが書いた本“Flags of our father”に基づいて作られています。私は、この本を読んでいないのですが、この本を読んでいる夫に、映画を見終わった後「本に忠実だった?」と聞いたところ、大筋では忠実だったけれど、日本兵士により拷問を受け悲惨な死に方をしたある兵士に関しては映画の中では映像なしで観客の想像に任せるだけの描き方がされていたとのことです。(あまり詳しく書くとネタばれになるので、書きませんが映画を見れば『あ、ここのシーンだ』と必ずわかります。)
それを聞いて、その映像にされなかったシーンにこそ、私にはクリントン・イーストウッド監督の映画に対する大きな意図が感じられました。もし、そのシーンが映像として大きく映し出されていたとしたら、観客は、間違いなく日本兵の残忍な行為に対して、どうしても抑えきれない憎しみが湧いてしまったと思います。
ところが、本にはあった、「そのシーン」を敢えて映像として描かないことによって、映画全体を通し、戦争というものは敵味方、善悪、ヒーローVs.悪者ではなく、戦争の真実はヒーロも敵も味方もない、ただ国を思い、国に翻弄されていく若者の人生、散っていく若者達の命があるのだということを、監督は観客に伝えることに成功していると思うのです。
二部作の映画は、アメリカ側から見た硫黄島、日本側から見た硫黄島の二部作と言われていますが、実際には、二部作を見終わった後、観客が、実は戦争というものは、「どちらの側」ということではなく、ただただ、どんなに悲惨なものか、若者達の人生を狂わせるものか、ということを感じ取れるような映画にクリントン・イーストウッド監督はしたかったのではないかと思うのです。
日米ミックスの二人の息子を持つ母として、個人的には、映画を見ながらアメリカ兵士の側に身を置いて見たり、その母として見たり、日本側に身を置いてみたり、複雑な気持ちを抱きました。(そして隣の席にはアメリカ人の夫、私は日本人・・・・。映画の中では時をへだてて日米の若者が戦い・・・。)
最後に、映画を見に行く方は、映画が終わってもすぐに席を立たないでください。エンディングの音楽の間中、実際に星条旗を掲げた若者達の写真、硫黄島の写真が流れます。