私の大好きだったSF作家、星 新一氏が書いた父親、星 一の半生です。星 一は現在の星薬科大学の創設者であり、当時アメリカで野口英世や伊藤博文、後藤新平らと深い親交を結んでいます。
大変な苦労をして明治27年(1894年)20歳でアメリカに渡りスクール・ボーイ(住み込み手伝いの学生)をしながら資金をためコロンビア大学に入学(1896年)し見事に卒業。NYでアメリカに日本のことを知ってもらうための英字新聞を創刊。明治38年に帰国するまでの星 新一の限りなくポジティブな生き方をイキイキと綴っています。
特に、まだまだ若く勢いのあったアメリカという国、能力のあるものには援助を惜しまなかったアメリカ人、そこに不器用ながら真っ直ぐな心で入り込み、困難にもくじけず自分を活かしていく星 一の姿がまぶしいほどに輝いています。
たとえば星 一はアメリカに渡った後に、人の良さにつけこまれてお金を騙し取られ、ほとんど無一文になってしまいます。そこでスクールボーイとしてアメリカ人家庭に住み込むのですが不器用さゆえに1ヶ月の間に25回も追い出されてしまいます。それでも、星は決して泣き言を言わず、確実に仕事を覚え実直にこなし、行く先々で気に入られ別れを惜しまれるほどになります。
以下は、小島直記という人の本の後書き解説の中でも心を打ったと部分として引用されていますが・・・
住み込んでいた家の夫人が星に
「おまえのお母さんは、きっと非常に立派な人なんでしょうね。」と言いだす。そして、「なぜ、そんなことを・・・」といぶかる星青年に
「ここの家でも、これまでに何人かの日本人を使ってみました。しかし、どの人も同僚の悪口を言ったり、不平不満を口にしたりする。それなのに、星は一度もそんなことを言わず、よく働いてくれている。おまえのお母さんは、おまえのような純真な子を生み、忍耐づよい、健康な青年に育てた。これは容易なことではありません。だから、会わなくてもそれがわかるのです。」
そう言われて、星は胸にこみあげるものを感じ、涙を流した。
「わたしは子ですから、もちろん母を尊敬しております。しかし、ここの奥様にそうおほめいただくとは、思ってもみませんでした。そのお言葉を母が聞いたら、どんなに喜ぶでしょう。」
星の母親は無学で字が読めませんでしたが、やはりとても実直な人でした。この一節を読んで、やはり母の力というものがすごいものだと感じました。
特に、異郷に生きる日本人の心を打つ一冊だと思います。
一時、絶版になっていたのですが、最近また復刻されたようで、とても嬉しいです。