わかりやすいシュタイナー教育

Rdlolf Steiner

シュタイナー・スクール見学記

アインシュタインが教鞭をとり、数々の天才を輩出したニュージャージー州プリンストン大学から15分ほどの閑静な町にある“The Waldorf School” を見学してきました。

この学校は、オーストリアの哲学者(科学者、建築家、芸術家)であるルドルフ・シュタイナーの哲学に忠実に従って作られた学校です。

月曜日から、変わった日本のお客様がやってきた。日本の神戸でフリー・スクール(ラーンネット・グローバル・スクール)を創めた炭谷さんという方である。彼は、もともと国際的な大手コンサルティング会社に勤めていたが、派遣先のデンマークでの子供達の生き生きとした表情に、カルチャーショックを受け、教育への関心を深めたという。帰国後、神戸大地震に遭遇し、形あるものに執着することへの空しさを感じたことが、さらに人生の転機となり、自らモンテッソリーや、シュタイナー教育概念をルーツとした学校を創立してしまったのだという。

炭谷さんは、理想の教育を求めて、毎年、様々な国の学校を訪れ勉強を続けている。そして、今回、白羽の矢が立ったのがアメリカ、NJのシュタイナースクールである。

校舎は、それはそれは広い牧場のような所に自然と溶け込むように建っていた。元、農場だったそうで、校舎もそこに建っていた農家の外観をそっくり残したまま改築して校舎にしたのだと言う。校舎に入ってまず驚いたのが美しく淡い七色に塗られた壁だった。この色は、子ども達の魂が最も安らぐ色調だそうです。全て親達がボランティアで塗ったそうである。

見学せてもらったのは6年生のクラス。何よりも印象的だったのは、クラスに一歩踏み込んだ瞬間の子供達の暖かいまなざし。大抵、この年齢になると子供達は、ちょっと斜に構えており、突然の訪問者に対しては、横目づかいでチラチラと見たりして、基本的にはクールな態度を示したりするものだが、ここの生徒達は、まっすぐに目を見つめ微笑むのである。

steiner.jpg (2185 バイト)生徒十数人に先生一人。先生は数十年シュタイナー教育に関わってきたというドイツ人のベテラン教師。一限目は、縦笛を使っての中世の音楽吹奏。そして、コーラース。このコーラスが、まるでウィーン少年少女合唱団のような美しく透き通る天使の歌声。みな生き生きとした表情で、本当に楽しみながら歌っていた。

シュタイナー教育は魂の教育にも深く関わっているが、生徒達の演奏は正に魂の琴線に触れる美しい響きを持ち、私は感動して涙がこみ上げてくるほどだった。

それが終わると、机を円陣にして石の観察。結晶石とか花崗岩とかを先生がそれぞれの生徒の手に持たせ、それぞれの石たちが一体どこから来たものなのかを想像させ語らせる。本当になんでもない石ころを子供達は、みんな目を輝かせながら我先にと見たり触ったりしている。

規定の教科書はなく、生徒達は、自らクレヨンや鉛筆を使って本を作成していく。クラスの中を歩き回って、それを覗き込む私たちに、子供達は、積極的に自分の作成しているものが何なのか説明してくれる。

学校の庭には、生徒達が育てているという様々な草花や野菜が育っていた。見学を終え車に向かう私たちの横をシェークスピアの演劇のリハーサルに向かう9年生の子供達が中世の衣装をまとい、嬉々とした様子ですれ違っていった。

学校を後にした車の中で、なんだかおとき話の国から戻って来た、不思議の国のアリスのような気分になっていた。子どもというのは、教育によって、ここまで生き生きとし、学ぶことへの興味を失わないものなのだということを目の当たりに見て、半ばショックに近いものを受けた。

----------------

炭谷さんは、これまでにニューヨーク市内にあるシュタイナースクールも含め、各地、各国のスクールを見学したそうですが、このプリンストンの学校が、最もシュタイナーの理想に近いという印象を受けたそうです。その後、炭谷さんは、この学校をモデルにして神戸の六甲山の上の元銀行の保養所を買い取り、そこに学校を開設しました。私も一度だけ長男をサマーキャンプに参加させるために訪れましたが、下界の喧騒と暑さを逃れ、緑と自然に囲まれた素晴らしい学校でした。

**************************************
ラーンネット

炭谷さんが神戸で立ち上げたフリースクール。(シュタイナースクールではありません。)モンテッソーリの幼稚園も併設されています。

LISグローバルスクール
東京都武蔵野市にあるラーンネット提携校


それからシュタイナー教育に興味のある方、以前SHのメンバーだった池山ご夫妻の作られた、「シュタイナー教育情報室」というページがあります。
http://www.kk-net.com/~yjosha/ns/ikeyama/mainindex.html

 

アメリカのシュタイナー幼稚園体験記

実際に上記シュタイナー幼稚園に二人のお子さんを通わせた石川良美さんの体験記です。写真も全て石川さんが撮られたものです。石川さんは、ご自身のホームページ(Mother Leaf in America)の中でシュタイナー教育について、さらに、かなり詳しく書かれています。(祈ること、テレビを消すことEtc...)大学で教育学を学ばれたというだけあって、観察が非常に鋭いです。

シュタイナーの幼稚園

waldorfschool1.jpg (6696 バイト)私の二人の子ども達が通ったウォルドルフ・スクール・オブ・プリンストンの幼稚園。ここはニュージャージーではただ一つのシュタイナー学校で、8年生(中学生)までの教室があります。丘の上にある学校にはいつも冷たい風がびゅーびゅー吹いていて、皆「ウインディ・ヒル(風の丘)」と呼んでいました。家の周りよりも、いつも数度温度が違うと感じたものでした。どんな様子の校舎か、と尋ねられたら、「大草原の小さな家」に出てくるような家、と答えるともっともイメージしやすいでしょう。校庭は広々としていて、遙か向こうまでなだらかに続く丘が見渡せます。遊具は砂場とブランコがある程度で、あとは自然のものがそのままに残されています。校庭の奥には小川が流れ、校庭には大きな木があちこちに立っていて子ども達の日よけとなり、春には花が咲き乱れ、秋には紅葉の落ち葉が校庭を鮮やかにしてくれます。

<教室の中、先生達>

waldorf06.jpg (6409 バイト)教室の壁は淡いピンクや黄色などの、ほんわかとした暖かい色に塗られています。これは母親の胎内にいるときの色に近い、淡い色が、最も子どもを落ち着かせるという理由からです。室内にはおもちゃらしいおもちゃといえば、木でできた台所のコンロとお人形の家くらいでしょうか。あとは輪切りにした切り株、石、貝殻、木の実、羊毛やフェルトで作った人形、小さな陶器のティーポットのセット、、たくさんの木の空き箱、絹のスカーフなどが置かれています。奥の部屋は食卓になっていて、長い机と子どもの人数分の小さな椅子があり、机の上には花や季節の行事にちなんだ置物、そしてろうそくが飾られています。

シュタイナーの幼稚園にきてびっくりするのは、「先生たちがみな穏やか」と言うことでしょう。先生はいつも、木綿や絹、羊毛などの自然の素材を使った、ゆったりしたワンピースを着ています。常に子どもにとってモデルになることを意識していて、先生は自分の行動や声のあり方に特別な注意を払っています。ゆったりとした身のこなしや、穏やかな声、歌うように呼びかける声は、他の幼稚園の先生とは全く違う雰囲気を持っています。まなざしもとても優しく、愛にあふれています。
自由遊びの時間では、教師は注意深く子ども達を見ており、必要であれば手伝いますが、子どもと一緒になって遊ぶことはありません。よっぽどのことがない限り、子供たちに介入しないのです。先生は子ども達の傍らで、縫いものをしたり、おやつを用意したりといった自分の仕事をしています。子ども達が先生の真似をしたいと言ってきたら、同じことをさせてあげます。そして先生のしていることが子ども達の遊びに取り入れられることもあります。

<子ども達の一日>

waldorf01.jpg (6159 バイト)子ども達は学校に来ると、まず外の校庭で遊びます。幼稚園の校庭には、切り株で囲まれた砂場と、滑り台と、ブランコと、木の板と丸太を組み合わせたシーソーがあります。そして奥にはお花畑と菜園があって、子ども達はチューリップ、えんどう豆やハーブなどを植えています。子ども達は雨の日も風の日も、この校庭で遊びます。先生は傍らで縫い物や編み物をしたり、土仕事をしながら子ども達を見守ります。学校にはレインコートと長靴を常備していて、天気が悪いときはそれらを着せて校庭に出します。洗面器と鉄のスプーン、使い古した鍋などで泥をこねくり回して遊びます。あるいは泥水を踏んだり、シャベルでかきだしたりして遊ぶのです。冬になって雪が降れば、分厚いジャケットとスノーパンツ、スノーブーツ、帽子に手袋を着せて、校庭でそり遊びをします。

先生が「ついておいで」という歌を朗らかな声で歌いだすと、外遊びが終わる合図です。子ども達は教室に続く門の前に並び、手をつないで歌を歌いながら門をくぐって、教室に向かいます。靴やジャケットを脱ぎ、上履きを履いて、教室に入ります。そして静かに歌を歌い踊ります。それが終わると、先生が羊毛で作られた人形を使い、木の箱の上に色とりどりの絹のスカーフを敷いた舞台で、パペット・ショー(人形劇)をしてくれます。パペット・ショーは2週間ほど続けて同じ話が繰り返され、最後の方になると子ども達はお話をすっかり覚えてしまいます。

waldorf02.jpg (4525 バイト)シュタイナーは規則的なリズムのある生活をとても大事にし、その日その日で決められた活動をします。これらはごく普通の幼稚園で見られるようなにぎやかな雰囲気ではなく、先生と共に静かに歌を歌いながら行われます。月曜はスープ作りで、スープに入れる野菜を刻みます。火曜はパンの生地をこねます。水曜は季節の行事にちなんだものを作るか、縫い物などの手芸をします。子ども達が幼稚園で作ったものはどれも素晴らしいものばかりでした。自分で刺繍をした小さな枕、フェルトで作ったかぼちゃや卵、黄色や青に染めた絹のスカーフ、鳥の巣箱など。木曜はにじみ絵(水をたっぷり含ませた紙に絵の具で色をつける)をし、金曜は外に散歩に出かけます。校庭の先にあるお庭に行ってたくさんの花を見たり、小川に行って水遊びをしたり、校庭の奥の工事現場まで探検に行くこともありました。

活動が終わると、おやつの時間です。おやつの内容も日によって決まっています。月曜はスープ、火曜はパンとりんご、水曜はライス・プディング・・・というように。子ども達はおやつの内容でその日が何の日か記憶しています。おやつをいただく前に、ろうそくに火を灯し、「花や実や根に感謝しましょう」とおやつを祝う歌を歌い、お祈りをささげます。あたたかいハーブティーと一緒におやつをいただき、おやつが終わったら、みんなで片づけをし、お皿を洗います。そして少し遊んだあと、お帰りの歌を歌って午前の保育が終わります。

waldorf03.jpg (4406 バイト)娘はパペットショーによるおはなしがとても好きでした。多分英語はあまり聞き取れてはいないのですが、話されている内容、そしてそのパペットショーの静かで厳かな雰囲気が何より好きで、家に帰ってきて、よく自分で話を作りながらパペット・ショーをしていました。シュタイナーではこのおはなしは重要な意味を持っています。使われる話はいわゆる昔話で、何世代にもわたって受け継がれているお話には必ず深い意味やモラルが込められています。それを人形を使って子どもが親しみやすい形で昔話を何回も繰り返し聞かせることで、子どもの中に少しずつ、しかし着実にお話の魂が宿るようにするのです。お話を楽しむという行為は、小さな子どもにとって自分の中に世界を作る作業とリンクしています。語られるおはなしの世界を吸収し、それを模倣する中で、子どもは自分の体の中にそれぞれの世界を作り出すのです。

<季節の行事>

シュタイナー教育にとって季節の行事もとても大切な意味を持っています。それぞれの行事を祝うことは、めぐっていく四季や大きな世界の動きをを感じ取る機会なのです。

たとえば11月には聖マーチンというお祭りがあります。寒い冬の日に聖マーチンが馬に乗っていると、道端に凍えて丸くなっている人がいました。彼はそれを見て、マントを半分与えたという言い伝えがあります。お祭りの日が近づくと、先生はパペットショーで毎日聖マーチンの話を聞かせてくれます。そして工作の時間にそれぞれのランタン(ちょうちん)を作るのです。娘は風船にオレンジ色の紙を何層にも張り合わせた、丸いペーパー・マッシュ(張り子)のランタンを作りました。聖マーチンのお祭りの夜、子ども達は学校に集まり、先生達のパペットショーを見ました。そのあと、素晴らしく出来上がったランタンにろうそくを灯し、暗くなった散歩道をランタンで照らし、静かに歌を歌いながら歩きました。それは娘にとってとても印象に残ったひと時だったようです。

waldorf04.jpg (6158 バイト)12月に入ると、子ども達はフェルトでこびとを作ったり、こびとのブーツを作ったりします。「お母さん、これ私が縫ったんだよ」と嬉しそうにブーツを帰ってきた娘は、とても誇らしい顔をしていたのを、忘れることができません。

3月にはイースター(復活祭)がやってきます。これは長い冬を経て草木が芽吹く時期をおいわいするのです。子ども達は先生とともに、浅い皿に芝生(マジック・グラスと呼びます)の種を植えて、毎日水をかけて、緑色の針のような葉が伸びていくのを眺めます。小さな卵形のろうそくに、色とりどりの蜜ろうねんどを貼り付けて飾り付けしたり、黄緑の絵の具を塗った画用紙で小さなバスケットを作って、羊毛で卵を作ったりするのです。

そして5月にはメイ・フェアというお祭りがあります。花が咲き、世界の色がぱっと明るくなるときです。子ども達はたくさんの花を飾った冠を作り、水色に染めた絹のスカーフをマントのようにまといます。校庭にはたくさんの色とりどりのリボンを巻きつけた背の高いポール(メイ・ポール)が立てられて、リボンの端を一人ずつ手に持ち、5月の到来を祝う歌を歌いながらポールの周りを回って、リボンをポールに巻きつける(メイ・ポール・ダンス)のです。たいていのシュタイナー学校ではこのメイ・フェアの時期に大規模なフェスティバルを開き、バザーをしたりオークションを開いたりしているようです。プリンストンも例外ではなく、メイフェア当日はたくさんの人々が訪れ、校庭にはたくさんの露天の店が並び、校舎では子ども達がバザーやカフェを開いたり、ゲームやクラフトコーナーがあったりして一日中楽しめます。

<お誕生日のお祝い>

幼稚園での、お誕生日のお祝いは格別なものです。

息子のお祝いのときには、家で蜂蜜のケーキを焼いて持っていきました。みんなの前で息子がどうやって成長してきたかを話しました。そして先生からは、羊毛で作った天使をプレゼントされました。

waldorf05.jpg (5467 バイト)娘のお誕生日のお祝いの日、私は幼稚園に招待されました。教室に入って一緒にライス・プディングのおやつをいただいたあと、子ども達が劇を見せてくれました。それは次のようなおはなしでした。リホという女の子が雲の上にいました。雲の上から自分の父と母になって欲しい人を探し出しました。そして二人の天使と共に、太陽や月や星の元を通って、「これからお父さんとお母さんのところに行くの」と話します。そしてそれぞれからお祝いを受け取り、最後に虹の橋を越えて、両親のところにたどり着くのです。娘は虹のスカーフをまとった二人の友達に手をとられ、橋の代わりである木のベンチの上を足早に走り、そして私のところに飛び込んで来ました。それは涙の出るくらい、感動するお話でした。それから先生は5本のろうそくを立て、一本ずつろうそくを灯しながら、私に0歳のとき、1歳のとき・・・とその歳の娘の様子を話すように私に促しました。5歳のろうそくが灯されたとき、先生からのプレゼントが娘の手に渡されました。包みを開けると、そこにはピンクのフェルトの服を着た、黒いおかっぱの髪の女の子の人形がありました。娘の人形でした。そしてリホを産んだお母さんに感謝の気持ちを込めてと、先生からお花をプレゼントされました。

日本ではたくさんのシュタイナー幼稚園・保育園が設立されていると聞きます。中にはあるビルのフロアを使っていて、園庭など全くなく、お散歩は週に一回ぞろぞろと歩いて周辺をぐるっと回るだけ、というところもあるようです。日本の住宅事情を考えると、広々とした園庭のついた幼稚園・保育園などなかなか望めないのが実情かもしれません。しかしそもそもシュタイナー教育というものは、にじみ絵をしたりおはなしを聞いたりパンをこねたりという「静」の活動だけでなく、思い切り体を動かしたり、自然の中に身を置いたりする「動」の活動も含むのです。シュタイナーでは0歳から7歳までを第一段階成長期と呼び、意志・からだ・動きに中心化する時期、すなわち身体の諸機能が充分に、健全に働くようになる時期、意志と身体が密接に結びつく時期と言われます。その時期において必要な体を動かすことが必要なだけ行われない教育は、シュタイナー教育としては非常に難しいと私は思います。のびのびと園庭で遊んだあとだからこそ、教室に入って子ども達は静かな歌や、穏やかな活動にゆったりと心を預けることができるのです。

広々として自然のあふれ、緩やかに時間が流れるシュタイナー幼稚園でのさまざまな経験は、私にとっても子どもにとってもかけがえのないものでした。

--------------------------------------------------

日本以外の国でシュタイナー教育を受ける際の留意点

これは私の子ども達がシュタイナー教育をアメリカで受けたことについて考えたことです。日本以外の国で、日本語以外の言葉によるシュタイナー教育(幼児教育)を受ける際、いくつか留意すべき点があるように思います。


まず、幼児期−特に母語が形成される時期にあたる、3歳から4歳−においては、子ども達にとって毎日行われるおはなしやパペットショーがわからずに困ることがあります。できれば先生から今どんなお話をしているか聞き、家でもそのおはなしを自分の言葉で話してあげることが、子どもの助けになると思います。

次に、言葉が確立されつつある5歳あたりになると、子ども達は言葉を使った遊び、とりわけ女の子の間ではおままごと遊びが始まります。文字や言葉を意識して教えないシュタイナー教育においては、みんなが使う言葉が十分に話せない子どもにとっては、こういった遊びにおいて取り残されるような印象を受けることが多いように思います。先生に事情を説明して子どもの手助けをお願いする、あるいは友達を作ってプレーデートを行い、子ども間で言葉が伝達されやすいようにする、といった配慮が必要です。

そして最後に、日本語を保持するための教育コミュニティとのバランスです。シュタイナーは今まで述べてきたように、他の教育メソッドとはかなり趣を異にしたものです。それを全うさせるには、テレビやコマーシャル的なもの、「ある意味の俗世間」から離れる必要があります。しかし、日本以外の国で生きる日本人にとって、日本語を保持するために週末補習校に通う人も多いでしょうし、補習校の友達や他の日本人のお友達と遊ぶ機会も出てくるでしょう。そこで、シュタイナー教育の方針とは異なったものに出会うことも往々にしてあります。家の中にそれを持ち込まざるを得ない状況にも置かれるでしょう。そのときにどう対処するかを、しっかり考えて下さい。中途半端にしてしまうことは、親自身の中に迷いを持ち、シュタイナー教育を子どもに与えることに不安を感じるだけでなく、子どもにとってもよい影響を与えません。自分の中で二つの教育コミュニティ間のバランスをうまくとることが、シュタイナー教育を効果あるものにするかどうかの鍵になると思います。
(特に、小学校以上にあがると日本語保持のための教育コミュニティとの共存が難しくなります。日本語の補習校ではいよいよ学校教育らしくなり、たくさんの宿題を家に持ち帰って日本語を勉強しますが、シュタイナー教育ではそのような学び方はしません。ご家庭でよく考えた上で、共存を選ぶか(その場合はどのようなバランスで子どもに教育を与えるかもしっかり考えること)、あるいはどちらかを取るかにしましょう。)

 

シュタイナー学習サークルに参加して

久保淑子

私が、シュタイナー教育に興味を抱いた最初のきっかけは、子安美知子さんが、娘をドイツのシュタイナー学校に行かせた時のことを書いた「私とシュタイナー教育『今学校が失ったもの』朝日文庫」でした。日本の教育とはまったく違う取り組みに新鮮さを感じました。そのあと、市内のシュタイナーについて学習するサークルに参加し、2年たちました。

語りの世界

サークルの講師は、子安美知子さんの元学生の鈴木先生です。スイスで演劇とシュタイナー哲学について学んでいらっしゃいました。先生は子どものころ半農半漁の村に住んでいました。小さなむらで村中の人が子ども達ひとりひとりのことをよく知っていたそうです。

講義の内容は、堅い話もありますが、それよりもシュタイナー教育では子供達と自然との触れ合いを大切にするということで、先生が語る子ども時代の自然体験などの話しが何よりも印象的でした。先生は不思議な語り手で、餅つきの話では、もち米をふかす、水蒸気の熱気、香りまで伝わってきます。海のことを語ると、私も太陽のキラキラ輝く蒼い海原に、魚が銀色の腹を見せながら身をひるがえし、飛び跳ね、海野底へ死んで行く情景を描いていました。森のことを語ると、木々の葉が空をおおう薄暗い森の中で、草木の香りに包まれ、何百羽という小鳥のさえずりが聞こえてくるのです。

もしかすると、宮沢賢治の生徒たちも同じような体験をしていたのかもしれません。それほどまでに、先生の感性と表現力は豊かなのです。

都会の中で自然を感じる

話を聞くたびに、こんな素晴らしい体験をしてきた先生がうらやましい、自分はそんな体験せずにきて、残念、そして、我が子においては、こんな都会でどうやって自然を体験させてやったらいいのだろうと、焦り始めました。特に、「子ども時代に原始的体験をしておくことは、後の人生にとってとても重要」ということを人から聞いてからは、心落ち着かぬ日々でした。

そんなある日、講義の中で「都会では自然が少なくなっているが、大人が自然を感じれば、子どもも自然を体験することができる」という話が出ました。

確かにそうです。散歩も、なんとなくならば、ただ、アスファルトの上を歩いて、灰色のブロックを見て帰るだけです。子どもだから、自然をよく観察しているだろうというのは、あたり一面背肥前に囲まれた世界の中に住んでいる場合に当てはまる。でも都会っ子は、自然を感じる機会がなく、その心も育っていないので、以外にも自然を感じていあにということが、最近の私の発見です。

だから、今では散歩の時は、風を感じ、珍しい花や、ひょうたんに歓声の声をあげ、夕焼けも立ち止まっては一緒に眺め、その時間をのんびり楽しんでいます。

海に行っても同じです。大人がボーッとしている時よりも「カニがバンザイしているゾー!ほら、ウ〜〜ッ(甲羅を広げて大きく召せようとしている)、ワッ(はさみを上に威嚇する)!」と発見、興奮、感動を言葉で、身体で表現してみせるのでは、子どもの表情が全然違います。子どもって大人を模倣して学習していいくんですよね。無表情、無関心の大人と育つのと、たとえ言葉少なくとも、心の豊かな大人と育つのでは、随分違うんだろうなと思います。と同時に、ここまで努力をしないと、自然を味わえない環境も寂しいな。

算数

シュタイナー教育では、○○をすると、このように教育的効果が上がるとか、試験の点数がよくなるとかいったことは、出てきまsん。何か問題を特にあたっても、正解を求めるより、どうやってといていくのかを自分で考えるその過程が大切なのです。例えば、算数ですが、公文式だと 

       1+1=2                                 6=2+4
       2+1=3    という具合ですが、シュタイナー式だと          6=3+3
       3+1=4                                                                           6=1+1+4

といったように6は、一体どんな数なのかどう数を組み合わせると6になるのかが、重要なのです。1たす1には答えがひとつひしかありません。でも、6を作り出す組み合わせには、たくさんの解き方、答えがあるのです。公文式のように与えられた問題を特のではなく、自ら問題を作り、解いていくことも大切なプロセスなのです。人生もまたこれと同じ。いくつもの選択があり、その選択しは自分で捜し出し、答えも自分で捜していく。

ただこのやり方だと、日本の効率的な教え方に比べ、膨大な時間を必要とするし、進度もゆっくりとなるため、「速さ」を要求したがる日本人の親は、耐えられないかもしれません。

水彩画では、まず物を描くのではなく、色そのものを楽しむのだそうです。真っ白な紙に色を自分の感じるままに置いていく。筆が紙をなぞる感じ、色が生まれていくことを楽しむ・・・。誰とも比較されたり、評価されることもなく、自分の世界を味わうのだそうです。だからか、シュタイナー学校に成績表はないのです。

 

早期教育は早産と同じ

stiener2.jpg (2421 バイト)早期教育について子安美知子さんは、お腹の中の赤ちゃんを、まだ時期も来ていないのに、胎動を始めたからと、外からドンドン光を当てたり、直接栄養注射をしたりして、無理やり早産させることと同じぐらに危険だと説明しています。その結果、肉体の場合、早産すれば、保育器に入れたり、特別に手をかけないとそだたないぐらいに弱いのと同じで、精神面も、意志や行動力が世泡待ってしまうと説明しています。

またシュタイナーは、人間が生まれ持っているエネルギー量は一定で、それは成長の書く段階で正しく使われねばならないと言っています。幼児期には、エベルギーは身体器官の形成に使われ、小学生ぐらいになると、記憶力に使われていきます。ちょうどこの移り変わりの時期は入試から永久歯に生え変わる6、7才ごろであり、世界の多くの国で学校が始る時期にあたります。そして、前日に習ったことをもとにして学習することが自然な活動となる時期でもあるのです。

つまり3才、4才ぐらいに無理に算数を教えたり、何かを暗記させたりすることは、たとえ目の前で良い結果が出たとしても子どもの身体と心にとっては、大変、不自然な行為だというのです。

さらに14才ごろになると、エベルギーは、思考力へ変容してきます。もし、このエネルギーの配分に異常が起きたならどうなるか。幼児期に身体の形成が寿文になされなければ、将来、内臓や神経に不調や病気を来すことになるでしょう。知識ばかりがあっても自分で考える能力、創造力がなければ、魅力ある人間にもなるのは難しいだろうし、社会の中で生きていくにも支障が出てくるのではないでしょうか。

 

感情のないまま育った若者たち

ある大企業の新入社員研修を手伝ったときのこと、この就職難を乗り越えてきたエリートばかりの大卒の男性が50人以上参加。さぞかし、将来に向かってガンバルゾ〜と意気込んでいるだろうと期待していました。

ところが、私が見たのは、おとなしい羊の群れでひた。ゲーム研修で優勝しても全然嬉しそうでもないし、「自分が勝手、なんだか皆に悪いみたいです。」という感想ばかり。謙虚とは違うんです。喜怒哀楽がない、感情とか生気がないんです。研修の担当社員も、年々、新入社員に忍耐や、粘りがないことを嘆いていました。彼らは、一体どんな子ども時代を送ったのでしょう。言われたこと以外は何もしない皆を見ていて、「彼らの生きる力を奪い、知識だけを詰め込んでいったのは、誰?彼らに大切な子ども時代を返してあげて!」と同号せずにはいられないような悲しい情景でした。エネルギーの配分に大きなゆがみがあった・・・否定できない情景でした。

 

忘れ得ぬ子ども時代

シュタイナー教育は、季節ごとの行事をとても大切にしています。行事の中には、季節感、風俗習慣、歴史、近隣との人間関係などが、ぎっしりと詰まっているからかもしれません。アメリカに永住を決めているある婦人は、年をとるごとに遠い日本での子ども時代の行事を思い出さずにはいられないのだそうです。雛祭りや、たなばた、川で流しそうめんを食べたこと・・・。

人生の中で、もっとも大切で忘れることのできない思い出は、子供時代と言われています。私の母も、子どもを出産した時のことなんかより、そのずっと昔の自分の子ども時代の方が鮮明な記憶として残っていると言います。老人がぼけてしまった時も、夫や子どものことはすっかり忘れてしまっても幼少に歌った歌は、実によく覚えているそうです。

老いて、思い出すことが、テレビの番組とかTVゲームだったら、なんだか悲しいですよね。それぐらいに子ども時代って、貴重なんだと思います。

 

シュタイナー教育は現実放れしている?

シュタイナー教育は、哲学や宗教、芸術との結びつきがとても強く、さらに、日本とまったく異なる文化背景から出発しており、今後、日本にどのような形で根津言えていくかは興味のある所です。芸術教育と言われるだけあって、子供達の感性は繊細に育っていくようですが、一方、現実の社会で本当に生活していきえるのかという批判もあります。私も、本を読んでいて、疑問に思うこともたくさんあります。

それでも、シュタイナーの学校は、世界中にしこしずつ増えているし、日本でも、あちこちで講演や催しが行われるようになってきました。今の教育に疑問を抱く人々が、もっと心豊かな教育を求め動きはじめた証なのかもしれません。皆さんもこれを機会に、是非一冊、本を読んでみませんか?

ibook_ani.gif (1346 バイト)【本の紹介】

七歳までは夢の中
―親だからできる幼児期のシュタイナー教育

松井るり子著(学陽書房1400円)

ama5.jpg (3734 バイト)

兵庫県 チエ

「シュタイナー教育」。本屋さんへ行くと、そんな名前の本が何冊か並んでいたけれど、なんだか難しそうと、いつも他の本を選んでいた。ある日「7才までは夢のなか」というなんとも心惹かれる題名に、即、購入したのが、このシュタイナー教育体験記でした。「この本は、シュタイナー教育の専門書ではなくて、それに励まされて言う『子どもをもっとかわいがろうよ』というメッセージです。(前書きより)

私がこの本の中で、とても興味があり、こどもたちに買ってきたのが、みつろうクレヨンと蜜蝋粘土でした。我が家には、3才の娘と、何でも口に入れてしまう1才の息子がいるので、粘土もクレヨンも弟が寝ている間にだけ遊ぶといった状態でしたが、今では、安心なので、一緒に遊んでいます。私と娘が、特に気に入ったのがクレヨンで、それまでは、大きな神に小さな○をひとつ書いて、「ハイ、終わり・・・もう書かない」でしたが、みつろうクレヨンは、とても優しい自然な色ばかりなので、何色かをなぐり描きにしても不思議なとてもステキな絵にあんります。私が、「わー!ステキな絵だね。きれいな色だね。」とほめまくっていたら、今では、紙いっぱいに描いて楽しんでいます。

親もこも自然体に、そしてできるかぎり手作りで・・・。木のおもちゃ、手作りの人形と、これからも、ひとつずつですが、我が家にあったシュタイナーを取り入れていきたいと思います。【推薦者多数の本です】

親子で楽しむ手づくりおもちゃ
―シュタイナー幼稚園の教材集より

F/ヤフケ著 高橋弘子訳 イザラ書房

ama4.jpg (3193 バイト)

千葉 ちっちゃい

自然の素材を使ったおもちゃの作り方が載っています。例えば、ただ木の枝をのこぎりでひいただけの積木。ハンカチのような四角い布の真ん中に綿を入れてしばった人形。巻末には、7才までの子どものおもちゃの与えかたとシュタイナー教育で、子どもに自然のものを与える理由などが簡潔に解説してあります。

 

親だからできる赤ちゃんからのシュタイナー教育
―子どもの魂の、夢見るような深みから

ama6.jpg (3309 バイト)

子育てを真剣に考える親たちならば、一度はシュタイナー教育という言葉に出くわしたことがあるだろう。顔のないウォルドルフ人形、にじみ絵などに怪しげな印象を受けた人もいるかもしれない。しかし、この本は子育てにかかわるすべての人への道しるべとしてとなる1冊だ。泣きやまない赤ちゃんをどうするか、だだをこねたときにはどう対応するかなど、子どもの成長に合わせた実践的なヒントに加え、シュタイナー教育ならではの遊びの紹介が盛りだくさん。著者、訳者共にシュタイナー教育の指導者の資格を持ち、子育ての経験者でもある。「知的な発達を偏重する文化の中で」子どもが持って生まれた「魂」の成長を大切にしようという作者の気持ちが端々にあふれている。巻末のQ&Aは、シュタイナー教育を育児に取り入れるかどうかで悩んでいる人たちにはおおいに参考となるだろう。この本の原題『You Are Your Child's 1st Teacher(あなたは、あなたの子どもの最初の先生なのです)』という言葉が印象深い。(Amazon.co.jp 齋藤聡海)

 

成長を支えるシュタイナーの言葉
秦 理絵子 (著)

ama7.jpg (4915 バイト)

シュタイナーの箴言(子どものための言葉や大人のための言葉)の中から、人の成長に関するものを取り上げた、美しき言葉の本。誕生、幼い日、学校に入って…。生きる歩みを照らす宇宙からのメッセージ。

内容(「MARC」データベースより)

 

シュタイナー教育のまなざし―子どもへの接し方 育て方
    Gakken ECO‐BOOKS―地球市民として暮らす

吉良 創 (著)

ama8.jpg (4554 バイト)

シュタイナー教育を実践している一教師の、子どもと接するなかで感じたことや実際にやってきたことなどをまとめる。子どもとおとなの調和ある生活をつくるためのヒント集。親・教師必読。

内容(「MARC」データベースより)

 

 トコちゃんベルト