topic.gif (7908 バイト)

 

 

 

 

akiko.gif (1375 バイト)

文部省のスクールカウンセラー事業を御存知ですか?

アメリカでは教科指導と生徒指導がかなり分業化していて、教師は教科指導の職務を担い、スクールカウンセラーやスクールサイコロジスとは生徒指導を行っています。日本でも、いじめ、不登校をはじめとする様々な問題が深刻化し、教師だけによる対応が難しくなってきたため、最近になって上記のような予算が投入され、子ども達の心のケアを重視するようになってきました。

今、学校では実際に何が起こっているのか?私達は親として何ができるのか?それを考えて行くために、ある公立中学の相談員の方に執筆をお願いしました。「今、子どもたちは−−相談室の窓から」と題して12回連載致します。 (SweetHeart)

Lin_086.gif (1961 バイト)

−相談室の窓から−

高橋恵子(ペンネーム)

第最終章 相談員として いま

さて、中学校の現場から ということで 最近の中学生の様子 家庭の状況先生達の悩み・・と お伝えしてまいりましたが、最後に相談員として自戒の意味も込めながら出来る事はなんだろうか 考えていることを書いてみたいと思います。

1つには「そこに居ること」。教科を教える先生と違って学校という場において生徒の気持ちを受け止める 従来は養護教諭が担っていた役割です。家庭でも最近は忙しいお母さんが増えて、「ねえねえ、聞いて」と言って相談室に来るだけの子もけっこういるものです。
2つめは、人間関係や他人との関わり方について 一緒に考えていくこと。小さい頃から同年齢や異年齢の人達と関わってこなかったため、本来なら自然に身についてきた事が出来なくなっているなあ・・と 引きこもっている生徒を見ていて思います。
3つめは、子育てネットワークの情報源。子供たち同様、親もまた孤立して子供を育てているため 自分の生き方や子供との関係に大きな不安を抱えています。そして必要であればそうした家庭に社会資源の活用を勧めるソーシャルワーカーの役割をもつこと。社会との接点が学校だけ・・という家庭があることも、今回初めて知りましたもちろん学校の位置している場所柄や地域性によって 求められる役割は変ってくるでしょうが、私の少ない経験から言える事はだいたいこんなところでしょうか。

仕事上、事実に多少変更を加えてありますが 今の中学校の現状について少しでも知っていただけたら幸いに思います。半年に満たない短い期間でしたが、お読み頂きありがとうございました。

 

−相談室の窓から−

高橋恵子(ペンネーム)

第11章 親にできること

3月。卒業・進級のシーズンを迎えて先生方もカウントダウンに入る頃 となりました。

私もこの1年、いろいろな方からの相談を受けて「親に出来る事」って、いったい何だろう という想いを深くしているところです。 「子供が学校に行きたがらない。」「クラスで問題ばかり起こしている。」・・・ 子供がこういった行動を起こした時 、特に母親は「私の育て方がまずかったのかしら。」 という気持ちにとらわれてしまいます。フルタイムの仕事をしていて普段から 子供に十分時間を割いてあげられない ・・と 罪悪感を感じているお母さんであれば なおのこと そうなのではないでしょうか。

先生も人の親。お子さんのことが心配で相談室にいらっしゃる方もいます。 「私の愛情のかけ方が足りないのかしら。」 皆さん そうおっしゃいますが、傍から見ていてもお子さんに対してどんなに心を配り、愛情をもって接しているかがわかるほどです。

子供の側からのお話は聞けないので、その子が何を訴えかけているのか私にはわかりませんが 自分でもどうしたらいいのかわからない何かに捕らえられ反抗したり ふさぎこんだりしてしまう時期でもあるのでしょう。

「自分の事であればなんとでもできるけれど・・・子どもの事は神様にお任せするしかない」
そこまで思い悩んで信仰を持たれた方もいました。

よく、子供を持って初めて親になることができる と言いますが自分の生き方も含めてもう一度人生について考えてみる機会を子供が親に与えてくれているのかもしれません。 そしてその世界で子供とつながることが もしかしたら親に出来る事なのではないかと思ったりもしています。

 

第10章 子ども達の変化について

先日小学校で地区の「小中連絡会」(小学校と中学校の情報交換)が行なわれ、今年の小学生の様子を見てきました。中学生と違ってさすがに小学生はかわいいなあ・・と、中学の先生方は 目尻を下げていましたが、低学年の先生の報告は「ただごとでない」子供たちの様子をつたえるものでした。

「先生が見ていないすきに お友達に椅子を投げつける。」「授業中であれ 気が向けば校庭へ出て行ってしまう。」「先生の言う事を全く聞かない。」・・・・・30人の生徒を一人の担任でみるのは不可能。 報告を任された女の先生は切々と訴えていました。 どうりで。私が小学校へあいさつに寄った2学期末も「校長先生と1年生の先生が話し合いの最中 なので」とかで待たされたっけ。

その後の分科会では養護の先生からも話を伺いましたが、「今年の1年生はとにかく大変。 今日も授業中 一人は校長室に、一人は保健室に、また一人は廊下に・・というかんじでしたよ。 こういった状況がもっと早く分かっていればーーと、今年は異例の『幼稚園との連絡会』をやったんです。」とのこと。

このあいだ 我が子の担任の先生(男)にビンタをくらわせた母親がいた、という話を聞いたけど いやはや先生方もやりにくい時代になったものです。自閉症とかADHD(注意欠陥多動性障害)とかLD(学習障害)とか診断名だけが一人歩きしているようなところもあるけど、どうももっと一般的な話として集団生活が成り立たない状況が生まれてきているようです。 「特定の児童が・・というより多いんです。そういう子が。」と困ったように養護の先生がおっしゃっていました。

皆さんは子供たちのこうした変化をどうとらえていますか?

 

第9章 今中学に求められているもの

これまで引きこもり、崩壊家庭、非行、授業妨害、そして帰国生徒の問題・・・と 様々な中学生の様子について書いてきましたが、今 公立の中学に期待されているものは 何なのか 最近騒がれている「学力低下」の問題も含め考えてみたいと思います。

この時期中学3年生ともなれば高校受験の真っ只中 。 私立の難関校を狙っている生徒は私達の頃同様 受験勉強のために 必死で睡眠時間をけずっている毎日だと思います。 ところが、一方の生徒は相変わらず授業もサボり 勉強するでもなくのらりくらり過ごして 受験日を迎えます。

我が校の場合 成績が底辺に近い生徒・学校にも来れない生徒がかなりいるので そこそこ学校に顔を出しさえすれば通知表もオール2くらいは楽にとれるのです。 そして高校も高望みしないかぎり入れてしまうのです。たとえ中学で習うべきことが全く身についていなくても面接だけでOKのところもありますし倍率も低いので 受けるだけで入れる・・という状況が生まれるのでしょう。但し中退する生徒もかなりいるようですが。

こんなに学力のバラツキが大きい公立中学でレベルの高い授業を期待するのは不可能。学校の現状をよく知っている学校の先生ほど 自分の子供は私立に入れる という人が 多いです。
中学までは義務教育 といっても通わせている親の意識によって中学校の位置づけは大きく異なるといえるでしょう。

「授業を妨害する生徒の親が全然学校に協力的でない・・・」とボヤク先生に「じゃあその親は学校に何を期待しているのでしょう?」と聞いて見た事があります。 「自分の子が安全に過ごせて 皆と同じように扱われていれば ーーということじゃないですか」その先生は力なく答えてくれました。

今 不登校の生徒を対象に勉強を教えてくれる先生を派遣する という制度を取り入れ始めた自治体もあるようですが、本来同年齢の集団の中で培われる対人関係能力や適応力が身につかないまま社会に出されてもまた引きこもる事態が予測されます。

ホームスクールという制度を選択している方もいらっしゃると思いますが、13歳から15歳という年齢は集団での活動を通して親からの自立を考え、 異性との付き合い方を学び生きるために必要な知識を身につける本当に大切な時期です。「俺は高校行かないから授業に出なくてもいいんだ。」という生徒も「高校受験に必要な科目だけ頑張る」という生徒も「苦手な場面に直面するくらいなら一人で生きて行きたい」 という生徒も それぞれの価値観について話し合い影響を与え合ってほしいなあ。


第8章 地域教育のキーパーソン

さて、前回地域の教育力について雑感を述べさせて頂いたのですが、いよいよ今年から公立学校に週5日制度が導入され 子供たちが地域で過ごす時間が多くなることになりました。「学校教育・家庭教育・生涯教育のうち 家庭での教育が今危機的な状況になっている・・」という話をよく耳にするのですが、ではそうした場合どうしていけばいいのか という現実的な問題が我々大人達に突きつけられているように思います。

私は仕事がら 民生委員のなかでも児童を対象としている民生児童委員さんとお話をする機会が多いのですが 福祉の立場からもここの地域に住む子供たちの環境に心を痛めている様子がうかがえました。彼女は去年から始まった学校評議員制度の評議員もしています。学校評議員というのは、地域の有力者やPTAの役員経験者などが任命され学校の運営に対して意見を出す事が出来る というものらしいのですが、彼女いわく「でも、結局校長先生が評議員を任命していらっしゃるので校長先生のお眼鏡に適った方がなるんですよ。」   とのこと。

校長先生の任期はだいたい3年間。わたしも現場に来てだんだんわかってきましたがその任期の間に無事何事もなく過ごせれば次の学校か教育委員会に・・・。

ある日私の担当している小学校の校長先生とお話ししていたら「やあ〜。この地域の問題は ねうちの生徒が迷惑かけて、とかそういう事じゃなく皆で考えていかなくちゃダメなんだよ。おたくの中学の校長先生にもこの間言ったんだがね。」 ・・・   小学校の校長先生にしてみればより学区の大きい「中学の」校長先生にどうやら音頭をとってもらいたかったらしいのです。ーーということは、地域の教育の主導権をにぎっているのは中学の校長先生?う〜ん 。でも もう彼は次の異動の事しか考えてないよ。

第7章 二つの国の間で

この連載を読んで下さっている方の中には ご自身の育った文化と異なる国で生活をしているあるいは生活していた方もいらっしゃることと思います。今回は親が祖国を離れたため、そうした環境に置かれた子供達が学校生活を営む上でどのような困難を感じているのか・・   I子の事例を通してお伝えしたいと思います。

私のいる中学では学区内に中国からの帰国子女を受け入れている団地があることもあって常時学年に3〜4名程度 全体で14・5名の中国から帰国してきた生徒がいます。またその他の国から(ベトナムやパキスタン等)親が仕事を求めて日本にきたため年度の途中で転入してきたという生徒がいます。

I子は小学校4年生の時 両親とともに中国からやってきた中2の生徒です。本来なら年齢からいうと高校1年生にあたるのですが、学習の遅れもあるため小学校の時から2年遅らせて編入してきました。今では日本語の会話にも不自由はなく、ほとんどの学科をクラスで受ける事ができますが理解についてはいまひとつという所が多く掛算の九九も「中国語で憶えたから・・」といって まだ怪しい部分も残っています。

余所の国からきた生徒の場合、取り出し授業といって日本語を教えたり 対象となる生徒のみ個別で先生が教科の授業をしてくれたりもするのですが I子は「ねえ先生。なんのために勉強するの? 私は中国に帰って畑とかやるからいいの。」と言って相談室に来る事が多くなりました。I子の話を聞いていると中国の人は親戚の交流も多く のんびり楽しく暮していてまるで理想郷のようです。日本に来てからの両親は朝から晩まで忙しくアクセク働いて 何のために生きているのかわからない とも言っていました。I子の好きなもの・・それは中国の流行歌、手芸、折り紙、編み物・・・・どれも向こうでの生活や郷愁がにじんだものでした。

現実問題として「中国から来た生徒」ということで子供たちの間でも「にんにく臭い」とか「金稼ぎに来た」とか中傷を受け、嫌がらせをされる傾向もあります。またそうされることをきらって中国から来た事を隠したり親をはさんでの3者面談で通訳をつけるのを断ったり(親の場合子供ほど日本語に通じていないので通訳が必要となります)する生徒もいます。それが長じて親子の間でコミュニケーションのギャップが生まれ断絶が起こる事もあるといいます。

私が残念に思うのはこうした生徒が自分達の育ってきた文化に誇りを持てないということです。原因として は受け入れる側の知識や経験の乏しさからよそものを排除しようとする意識が流れていること、経済的に弱者である家庭が多いため自分よりも弱いものを攻撃する事で優位に立とうとする構図があること が挙げられると思います。

新しい年を迎えるにあたり 地域の教育力という新しい課題がまたひとつ 見えてきたような気がしています。

 

第6章 授業崩壊

いよいよ今年も残り少なくなってきましたが、皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。 さて、少し前の新聞に授業崩壊に関する記事が出ており 日本の教育現場の状況を憂えた方も いらしたことと思います。

小学校の場合は担任の先生がほとんどの授業を受け持っているため、担任の先生を変えたら 良くなった・・とか いくつかの解決方法が挙げられていたようです。 共通しているポイントしては「問題をオープンにし、先生方が共通の問題意識をもって対応していく」 ことのようでした。 中学の場合は教科ごとに先生が変わるため共通の問題意識が生まれやすいのではないかと 思われがちですが、なかなかどうして解決への道のりは遠く 相談室では一時期生徒の利用 より先生方の利用の方が多くなったこともありました。

K先生は非常勤ですが、50代のベテランの女性。英語を週に2回教えに来られています。 ところが、1年の2クラスでは全く授業が成立せず 後ろの席ではボールの投げ合い、 前の方では追いかけっこや取っ組み合い、お菓子は食べ放題で窓から紙屑をほおりなげ 隣のクラスの生徒が授業に入ってくる始末。「授業のある日の前日は胃が痛くなる」と 嘆いています。

N先生はいかつい男性。40代後半で理科を教えています。ある日嬌声をあげて授業を 妨害しようとしている生徒にゲンコツ。その後管理職(教頭と校長)に呼ばれ、生徒の自宅に おわびの電話を入れさせられました。

Y先生は20代の音楽の先生。女性ですが、ボーイッシュなタイプで どちらかというと体育の 先生のよう。でも、音楽室には貴重な楽器やメトロノーム、準備室の鍵・・・といった人質が・・。 どんな高価な教材であれ どんなに精密なコンピューターであれ この1年生達の手にかかったらひとたまりもありません。 「壊されたくない」という先生方の気持ちを手玉に取り、やりたい放題です。

そして、1年のクラス担任T先生。自分のクラスの生徒が問題を起こすたび、迷惑をかけた 先生に謝らなくてはならないし 生徒を怒れば逆に生徒から殴られ とうとう逆ギレ。 「そんなこと言うなら担任を持ってみて下さい!」という捨てぜりふを管理職に投げつけて 早退してしまいました。

いったい先生を先生とも思わない生徒達の教育をどうやって学校でやれ というのでしょう。

問題を起こしている生徒の保護者に電話をしたところ 「今日は雨だから行きたくないのよね。」 と言われてしまったとのこと。

 

第5章 先輩の一言は先生の生活指導よりはるかに重い・・・コワイ?

 

相談員の高橋です。今日は「どんな非行化傾向の生徒にも恐いものがある」という話をしたい と思います。

これまで皆さんにお伝えしてきたように私の勤務している中学はかなり荒れている学校です。 先生の前でも堂々とタバコを吸う金髪の集団。頻繁に鳴る非常ベル。給食の金属製の食器も割って その辺に転がしておくし電気のスイッチは手当たり次第 へこましてしまう。 授業だってろくに出席しないのに何故学校には来るの? そういう男子生徒のグループが ある日「はさみ貸して。」と言って来ました。はさみ?

何に使うんだろう・・。まさか誰か刺したりして・・。 今ならぜったい隠しておきますが、この時は後の祭り。渡した後から悪い想像ばかり浮かんで きました。

「ちょっと待ってよ。何に使うの?」追いかけて尋問しても相手は5人の男の子。 連携プレーで 一人が男子トイレに逃げ込んで時間をかせいでいるすきに窓から脱出。 追いかけるこちらも必死です。校舎の裏からプールへ続く道へ・・・・。 そこへ現れたのが卒業生のY男。・・こいつがボスだな。「ねえ。はさみ返して。」 私が言うとあっさり「はい。」 でも、はさみを良く見ると刃のところが少しぎざぎざに・・・。

あとで聞いた話によると、バイクの鍵穴にはさみをつっこんでガチャガチャやっていると 簡単にバイクは盗めるそうです。

運動部の上下関係が厳しいのはよく聞く話ですが、ここの生徒達の先輩後輩関係を見ていると 家が近所ということもあって ちょっと先輩ににらまれたりしたら大変。 鑑別所から出てきた先輩が暴走族の先輩に焼きを入れる。暴走族の先輩が3年生に焼きをいれる。そして3年生が2年生に・・・。かくして学校の先生方の生徒指導など先輩の一声に比べれば 効果の大きさが違う ということになります。 この圧倒的な縦の関係をみていると、 まるで暴力団かヤクザの縮小版をみているようです。 少年よ、大志を抱け!

 

第4章 「携帯電話」

今 若い子達の必須アイテムとなっているもの・・といえば携帯電話ですが、友達との関わり方も含め 人間関係にこれほど大きな影響を及ぼす道具になろうとは当初 誰も予測していなかったのではないでしょうか。

「わたしはギャルだから。」と言って目の下に白いハイライトを入れる化粧をしていたH子もメル友の数は百人くらい。でも、学校生活を見ている限り心を許して付き合える友達など誰もいないようでした。      

中学2年といえばついこの間まで小学生だったはずなのに、目下の関心事といえばイケメンの(カッコイイ)彼氏をつくって体験すること。毎日放課後にあった出来事を聞かされてこちらもヒヤヒヤしどうしだったのですが、なぜ彼女は相談室で報告をしなくてはならないのだろうか−−その背景にあるものを考えた時、とにかく聞き役に徹するしかない・・・そう思ってひたすら聞いていました。

時折ニュースで報道される事件があるように、今は未成年の14歳の女の子であれ携帯電話を使って当たり前のように性犯罪に巻き込まれる可能性があります。テレクラの番号が書かれたビラ、女性専用ダイアルが印刷されたポケットティッシュの配布、出会い系サイト・・・・。

H子の場合、援助交際はひとつのファッションのようなものでした。友達にも相手にされない、家にも学校にも居場所が無い・・そんなH子が唯一「皆より進んでて一目おかれるような存在になれる事」そして相手の男性にも「価値があるものとして存在が認めてもらえる事」

この件については 本人が被害届けを出し、警察に介入してもらいました。

でも、本来中学生が携帯電話を持つ必要などなかったのではないでしょうか。教育するより早い時期からマーケットのターゲットにされてしまうあまりにも無防備な この国の子供たちに良識ある大人の対応を望む事は無理なのでしょうか。


第3章 「居酒屋で働く中一S子」

さて、前回お伝えしたのは 学校にも来る事が出来ず1日の大半を家の中で過ごしていたM君のお話でしたが これから登場するのは私の目の前をまるで風のように通り過ぎて行った1年生の女の子 ・S子の物語です。

S子はどこか野生的な荒々しさを持った大柄な少女。1年生だというのに堂々と遅刻し、授業中でもかまわず相談室に出入りするようなどちらかといえば落ち着きを欠いたところのある子でした。

母親の再婚相手はまだ20代・・とかで その義父の弟だという18歳の高校生と同じ部屋を割り与えられている という信じられない話が出身校の校長先生から申し送られてきました。何気なく本人に確認すると 「おにいちゃん」は時々友達を連れてきて泊らせるそう・・。

「そんな時はSちゃん どうするの?」思わず尋ねると「わたし? わたしはだいたい夜はおばあちゃんの所で働いてるから・・」   ???聞く所によればSは隣りの駅に住んでいる祖母が経営している居酒屋で深夜まで手伝う事が多い   とのこと。Sの友達も「S子はおばあちゃんの店を継ぐから・・」と公認の様子。

そんなS子が ある日酒くさい息で朝早く相談室を訪れた。

「きのうは結構飲まされちゃったから。」悪びれる様子もなく報告するS子に「そんなに飲んだら お母さんに怒られるんじゃないの?」と聞くと「平気。お母さんも飲みに行っててだいたい帰ってくるのは3時って決まってるからそれまでに帰ってればバレない。」!!!

担任に報告しても「家庭の問題にはあまり口出ししないほうがいいんだよね。」ーーー学校現場に居るといつもこの壁にぶちあたってしまう。

「先生今度ね、うちのお母さん離婚するらしい。」「えっ それで引っ越すの?」そんなやりとりをした1ヶ月ほど後。 S子とは全く違うタイプの どこか鶴を連想させるS子の母親が、黒の暴走車に乗り転校の手続きをしに来校した。

「せんせ〜い。S子のお母さん又再婚するらしいよ。」S子の友達が伝える風の便りによるとS子も負けずにたくましく過ごしているようだ。

 

第2章 「一クラスに35人に1人はいる子M君」

「・・・こんにちは〜、Mくん 。 起きてる?」病気などの明確な理由もなく 30日以上の欠席を続けている生徒は 今中学で35人に一人。1クラスに1人は居る計算になりますが、そうした生徒の家庭を訪問するのも私達相談員の仕事のひとつです。

10時過ぎだというのに カーテンを締め切って薄暗い部屋の中から M君がのっそり顔をのぞかせます。片手には唯一の遊び友達、ハムスターが・・・・。

母親は仕事に行ってしまい、長距離トラックの運転手だという父親はめったに家へは帰って来ません。こたつ兼テーブルの上には手をつけていないコンビニ弁当が重ねられ、そばにはペットボトル飲料。夜7:00頃に母親が帰ってくるまで M君は長い1日をどうやって過ごすんだろう。

「朝は?なんか食べたの?」   中学3年だというのにめったに外へ出ていないせいか青白い顔ボサボサの頭で小さくうなづくM君。小学校の頃からおとなしく目立たない生徒だった というけれど中学に入ってからはほとんど学校にも来なくなり、他人と会話する機会もほとんど無いのだろう、自分から話をし始める という事はありません。

さて、中学の場合学校の先生は教科を教えるだけでなく、部活動の指導、校務分掌(生徒指導とか図書や給食の係りとか委員会とか・・)、会計の仕事、クラス担任としての仕事等本当に忙しく、たとえクラスに一人 こうした生徒が居たとしても家庭訪問をまめに行えるほど時間が無い   というのが実状です。そこで相談員が訪問を・・   ということになっているのですが、女性の相談員が 男の子一人きりでいる部屋を訪ねていくのは 安全性を考えた場合 あまり良い状況だとはいえない と思います。M君のケースでは 念のためボランンティアで来てくれている相談員さんとお互いに携帯電話で連絡をとりながら訪問をするようにしていましたが、家庭訪問にはまだ未整備の課題が残されています。

やがて春を迎え、進学も就職も決めないまま結局M君は中学を卒業していまいました。そして両親は別居することにしました。「Mがいればお父さんも戻ってくると思っていたんですけどねぇ・・。」
母親の疲れた表情と 動くに動けないでいたM君。「いまごろM君、どうしているだろうね。」今でも時々ボランティアさんと二人でふっと思い出してどちらともなく言ってみたりしています。


 

第1章 「育児放棄に近い家庭から来るこどもたち」

私は、東京近郊の公立中学で相談員をしています。勤務時間は月曜日から金曜日の9:00〜4:00。原則として休み時間や放課後の来室と予約制の相談を心掛けているのですが、生徒の方はそんな事お構いなしにグループでおしかけてきては「ムカついた。」「授業出たくない。」等と言いながら自分達の気持ちのはけ口を求めてきます。

私の勤務している中学は生徒数300名弱で規模としては小さい方ですが、経済的にも文化的にも様々な課題を抱えたこどもたちがいます。

家に帰って自分の居場所があるわけでもなく、今日あった出来事を話す相手も無く、かといって打ち込む部活動もない・・・そんな生徒が放課後集まり それぞれが好きな事をして時間をつぶす様は学童保育の中学生版。なかには、夏休み中もコンビニで買ったパンを持参し相談室に居座る子も。

こうした子供達を見ていると、つくづく人恋しさを求めて来ているんだなあ と思い、なんでもいいから夢中になれるもの、そしてそこから人間関係を広げていけるものを見つけて欲しいと願わずにはいられません。

それにしても ここの生徒達の一部は虐待すれすれの育児放棄に近い家庭から通ってきているためか 「学校でしか自分は構ってもらえない」と思っているかのよう・・。私にも高校1年、小学校6年、6歳 の3人の子供がいますが、朝食くらいは必ず食べさせて学校へ行かせるのがあたりまえ、 と信じ込んでいたのがウソみたい。「ここの子達は給食で生きているのよ。」と長く勤めている先生が言うように 朝 ごはんを食べてくる習慣が全く無い子供の多い事にびっくりさせられました。

次回からは こうした家庭や環境を背景にして様々な問題行動を起こしている生徒達とそれに対する学校や周囲の大人達の対応を紹介していきたいと思います。



Lin_086.gif (1961 バイト)

 

息子達の里帰り


日本に戻って来て早3週間。残り1週間となった。今年も例年のごとく、長男は近くの公立小学校5年生に、次男は幼稚園の年中に、それぞれ体験入学(園)をさせてもらった。

去年の滞在は、3週間だったが、長男の方は、自分の日本語が下手だということを、いやに自覚していた時期で(息子は2年生まで、日本語補習校に通っていたが、その頃は、日本に帰国することがなく、さらに、クラスではミックスは2人のみで、日本語力が、かなり他の子に比べて低く、自分でもそれを痛い程自覚してしまっっていた。)友達はたくさんできて遊んでいた割には、自分が自信を持って知っている言葉しか使わずに遊んでいるという感じで、新しい言葉を覚えて使ってみようという気があまりなく、日本語の上達は、あまりなくてがっかりした。次男の方は、かなり上達したのだが、4歳になったばかりの子どものことだから、アメリカに戻ったら、忘れるのも早かった。

そんなわけで、長男の日本語の上達には、今年も対して期待していなかったのだが、あにはからんや、今年は、精神的に成長したからなのか、日本の小学校への体験入学も3年目ということで学校生活にも自信ができたからなのか、わからない日本単語は英単語で置き換えながら、恥ずかしがることなく日本語で話し、かなり日本語が上達した。そうなると、回りのみんなが「日本語上手になったね。」と言ってくれるので、それが、また自信になって、相乗効果でますます日本語が上手になってきている。

次男の方は、幼稚園2年目で、これまた、去年は何となくおどおどしていたのが、今年は、第一日目から、颯爽と幼稚園に入っていき、すっかりなじんでしまった。日本語の方も、長男が石橋を叩いて渡る性格なのに比べ、次男は年齢のせいもあるのか、わからない言葉はどんどん私に聞いて、どんどん使い海綿のように日本語を吸収中。

たとえば、今日も、私が「○○君のお母さんに「お祭りいつ?」って聞いてきて。」と言ったら、このセンテンスを何度も何度も大声で繰り返しながら外にかけ出して行った。もし、途中で、転んだりしたら、「あれ〜」と忘れてしまうのかもしれないが、こんなふうに言葉を覚えられるんだから、子どもっていいなーと、つくづく思ってしまう。

言葉は、さておき、子ども達が、日本に来ても、まるで違和感なく、日本文化にすんなりと溶け込んで行くことが、何よりの成果かもしれない。例え将来、日本語を忘れてしまうことがあっても、きっと日本での様々な体験は、息子達のすばらしい思い出になってくれると思う。




こどもに読書の習慣をつけるには

(アメリカ育児番組より)


読書を、人生を通して愛することのできる素晴らしい習慣です。子どもに読書をする習慣をつけるには、小さい頃から親が毎日、読み聞かせをしてあげることから始まります。読み聞かせを始める時期は、生まれてすぐ始めても決して早過ぎることはなく、また、子どもが小学校、中学校に入って、自分で本が読めるようになっても止める必要はありません。なぜなら、一緒に本を読むために費やす時間は、子供お親の一日のスペシャルな時間になるからです。

TIP

●図書館に一週間に1度行って子ども自身に興味のある本を探させる。
●図書館でやっている「Story Time」に参加する。
●テレビの読み聞かせ番組を見せる。お薦め「Reading Rainbow」。
●本を読むことが嫌いな子には、テレビや映画に既になっている物語などを、本で読むことを薦めてみましょう。
●一般に、「読む」というと読書を連想させますが、何も読む材料は、本だけに限りません。こどもが話し始める頃から道路標識を指差して読んだり、バスや電車のつり広告などを読むのもいいことです。
●子ども用の雑誌を定期購読することも、子どもが1年を通して読むことへの刺激となるでしょう。
●友達や親戚に手紙やEメールを書くことを積極的に薦める。
●一週間の中で家族全員が一緒に本に向かう読書の時間を設ける。

このような努力によって、子どもは一生を通して読書を愛する習慣がつくのです。

 

 

「天才とは1%のひらめきと99%の努力があれば不可能ではない。」の真意。

Genius is one percent inspiration and ninety nine percent perspiration.
--Thomas Edison

SweetHeart会報96号(参考資料「快人エジソン」浜田和幸著/日本経済新聞社)

エジソンは、あらゆる宗教の本を読破したが、特定の宗教に帰依することはなく、どの教えの中にも真実がこめられていると信じていたという。

輪廻の概念も自分なりに追求している。エジソンの仮説は、『人間の記憶は電子と同じような構造で出来ている。』というものである。しかも、この電子構造物は、時空を超えて移動する性質のものである。また、他の宇宙からの知性を地球上にもたらす役割も果たしている。そして、人間の肉体や魂に性格や知能を植え込む作業を繰り返している。それ以外には、『自分の発想や発明の、真の理由が全く見当たらない。』とまで言いきっている。『特に、蓄音機の発明以降、自分を通じて何か(誰か)が次々と新しい発明をさせているという思いが強くなった。』と述べている。エジソンは、これらの地球外生命に “little people in my brain”とあだ名をつけている。

エジソンは、82歳の誕生日で、一人の記者が「これまでの発明の中で、最も素晴らしいひらめきの結果は何か?」と聞かれ、「それは、赤ん坊の頭脳の中に天才を見い出したことだ。生まれたての頭脳ほどリトル・ピープルにとって住みやすい場所はない。つまり、年が若いほど、自分の脳に宿っているリトル・ピープルの声に素直に耳を傾けることができるのである。大人になってからでは至難の業になるが、それでも何とか1パーセントのひらめきと99パーセントの努力があれば不可能ではない。」「たとえ1%でもハイヤー・パワー(より高いパワー)の知性の存在を確認できれば、努力も実を結ぶ。それがなければ、いくら努力しても無駄なこと。この発想の原点であるリトル・ピープルの声、すなわち1%のひらめきが最も重要なのだが、人々は、このことがわかならいようだ。」

つまり、世界的に有名な「天才とは1%のひらめきと99%の努力のたまものである。」という言葉は、実際は、エジソンの本心通りには解釈されていないのだ。


こどもが心を開く親の話し方、聞き方  

Part1 〜 Part4

homeheart.gif (3465 バイト)